「最近、人の名前が覚えられない」
「取りにいったものを忘れる」
こんな経験をして、年のせいだとあきらめてしまっていませんか?
「覚える」ことと同様に「忘れる」ことも脳の大切な機能。短期記憶が長期記憶になると忘れない…。こうした脳の働きと記憶のしくみを知っていれば、忘れ去られていく記憶を脳に刻み込み、いつでも引き出せるようにすることができます。
記憶力をアップさせるためにはコツがあるのです。
記憶力アップは、筋トレと同じで繰り返し行うとにより効果が表れます。
ここでは、記憶力をアップさせるしくみと、あなたに合った記憶術を見つけるためのヒントを解説します。
目次
1 記憶力アップのしくみ
1-1 記憶力と記憶術
1-2 脳の使い方を知る
1-3 記憶のしくみ
1-4 長期記憶にするためのカギ
1-5 右脳と左脳のバランス
1-6 忘れることの大切さ
2 記憶術を知る
2-1 記憶術の歴史
2-2 様々な記憶術
2-2-1 場所法
2-2-2 ペグ法
2-2-3 変換記憶術
2-2-4 語呂合わせ記憶術
2-2-5 歌唱法
2-2-6 メモリーツリー法
3 記憶力アップの4つのヒント
3-1 記憶力アップのヒント1 | イメージ化
3-1-1 イメージ力をアップさせる方法
3-1-2 色に対するトレーニング
3-1-3 形に対するトレーニング
3-2 記憶力アップのヒント2 | 五感を活用する
3-2-1 味覚を利用する
3-2-2 嗅覚を利用する
3-2-3 触覚を利用する
3-3 記憶力アップのヒント3 | 反復
3-3-1 10分後に復習する
3-3-2 一度隠して思い出す
3-3-3 問題集は同じものを繰り返す
3-4 記憶力アップのヒント4 | 習慣化
3-4-1 覚えたいものを見てから寝る
3-4-2 記憶する前にマンガを見る
3-4-3 料理で記憶力を鍛える
あとがき
1 記憶力アップのしくみ
私たちの脳には大きな可能性が残されています。一般的な人間は脳の3%ほどしか使っていないといわれています。残りの97%を鍛えることで、死ぬまで脳を成長させることができるはずなのです。
脳神経細胞は1日に10万個ずつ減っているといわれてきましたが、実は根拠が曖昧なもので、最近の研究では、神経細胞のネットワークを形成する樹状突起は老化で減ることはなく、脳を使えば使うほど増えることがわかっています。
1-1 記憶力と記憶術
「記憶術」を身につけるためには、まず「記憶力」を高める必要があります。
記憶力は、運動でいえば基礎体力です。スポーツにおける個人技が記憶術にあたるのです。
記憶術は、記憶力という土台があって初めて役立つスキルとなります。
1-2 脳の使い方を知る
脳の働きと使い方がわかれば効率的に記憶力をアップすることができます。脳の部位は「脳幹」「大脳」「小脳」に大別されます。
脳幹は呼吸、脈拍、体温など生きていくための身体の働きを調整します。小脳は運動やバランス感覚をつかさどり、筋肉を動かすために調整をします。
考えることや話すことと並んで、記憶するのは大脳の働きです。記憶に大きくかかわるのは、次の3つの器官です。
一時的な記憶の保存場所で、フィルターを通過した情報は側頭葉に送られる。送られない短期記憶の多くは数日後には消去される。
情報を判断して計画を立てる脳の司令塔。情報を種類によって脳の各部位に割り振る。
情報を識別して、長期記憶として保存する。
これらの器官は神経細胞という脳のケーブルで、網の目のようにネットワークされています。無数に存在するケーブルは、たくさん使うものが太くなり、あまり使わないものが遮断されるという性質をもっています。
効率的に神経細胞がつながっている状態を保つためには、使わなければいけないのです。
1-3 記憶のしくみ
学び続けることで増える「新たな神経回路のパターン」が記憶の正体です。
短期記憶が長期記憶に移行するときには、脳の神経回路パターンに変化が起こります。
神経細胞は成長するにつれて、木の幹のような「軸索」と、そこから伸びる枝のような「樹状突起」が伸びます。この樹状突起が一定回数刺激されると、ほかの神経細胞とつながって、電気信号の通り道である「ケーブル」となります。
これが神経回路のパターンで、電気信号が通じた状態が長期記憶になったということです。刺激の回数が少ないと、樹状突起は縮んで電気信号が流れなくなり、「忘れた」ということになるのです。
1-4 長期記憶にするためのカギ
短期記憶のうち、脳が重要な情報だと判断したものだけが長期記憶として保存されます。
海馬に短期記憶が保存されるのは長くても1カ月間といわれます。その間は長期記憶になっていなくても、情報を引き出すことができます。
1週間後に思い出せたからと安心していたら、長期記憶になっていなくて1年後には覚えていないということが起こります。
もう覚えたと思って復習しないでいると、その記憶は消えてしまうのです。確実に長期記憶にするためには、思い出せても思い出せなくても、定期的なスケジュールで復習することが重要なのです。
1-5 右脳と左脳のバランス
現代人は左右の脳をバランスよく使うことで、記憶力を高めることができます。
脳の働きには、言語、計算、識別、分析など文字情報を主につかさどる「左脳」と、イメージ、想像力、感受性、音楽など目に見えないものや文字にできないものを感じ取る「右脳」という考え方があります。
どちらか一方を使っているわけではありませんし、意図的に右脳と左脳のスイッチすることもできません。
しかし、情報過多の現代人は左脳偏重の傾向があります。左脳偏重の状態は、長期記憶には向いていません。短期記憶の長期記憶化は、イメージ化したほうが効率的だからです。
偏ったバランスはトレーニングで修復することが可能です。
1-6 忘れることの大切さ
「忘れる」ということは、脳がもっている自己防衛機能です。
脳神経細胞は、一度使ってしまえばほかのことには使えません。脳神経細胞は140億個もあるとはいわれていますが、限りある資源には違いありません。有効活用するために長期記憶にするものは選択しているのです。
また、効率よく必要なときに必要な情報を引き出すためには、すべての事柄を覚えていないほうがいいのです。
人間は忘れることによって記憶する、といってもいいでしょう。
2 記憶術を知る
記憶術の起源は2500年前の古代ギリシャにさかのぼります。
紀元前5~6世紀の詩人とされるシモニデスが最古の記録として残っています。
ある貴族の邸宅に招待されたシモニデスは、席を外している間に地震か何らかの事故が起こり、多くの人が瓦礫の下敷きになってしまいました。
シモニデスが宴席者全員の席順を覚えていたおかげで、すべての遺体が遺族のもとにもどされたという記述が、300年後にローマの雄弁家キケロによって残されたのです。
2-1 記憶術の歴史
それ以降、多くの人々が様々な記憶術を編み出してきました。
例えば、16世紀を代表するイタリアの哲学者ジュリオ・カミッロは、「記憶の劇場」という円形劇場をヴェネツィアに建造しました。
観覧席には7つの通路、7つの柱、7つの門があり、演説者は劇場内のいろいろなものに意味づけをして演説の内容を覚えたといわれます。
これはあとで詳しく触れますが、「座の方法」(場所法)といわれ、キケロとシモニデスが提唱したものとほぼ同じだとされます。その後は、ウィンケルマン、グレー、ファイネーグといった人たちが記憶術の達人として登場しました。
19世紀に自然科学が発達すると、記憶術はオカルト的だ、インチキくさいと非難されて排除されます。「記憶術」は、地道な暗記の反復や復習による「記憶法」に取って代わられたのです。
2-2 代表的な記憶術
現代は「記憶法」が重要とされながらも、「記憶術」を理解して活用する人が増えています。記憶術には進歩した脳科学で実証されたものもあり、もはやオカルトなどと貶めるようなものではありません。
現在までに編み出された記憶術の代表的なものを紹介します。
2-2-1 場所法
空間や場所に記憶すべきイメージを結びつけて覚える方法です。具体的なイメージとして覚えた方が海馬を刺激して長期記憶になりやすいのです。
シモニデスやキケロ、カミッロらが行っていた古典的記憶術です。
日本では「基礎結合法」とも呼ばれ、今でも一番使われていて、もっとも効率の高い記憶術と考えられています。
場所はものに置き換えることも可能です。
2-2-2 ペグ法
ペグとは帽子やコートをかけておくフックのことです。飲食店などのようにフックがズラーっと並んでいるところに、記憶したいものを配置していく方法です。
場所法よりも改良されている点は、記憶に使う場所が連続していることです。
時計の文字盤を使う「時計法」や、自分の10本の指、身体の部位などを使う「身体法」は、ペグ法の一種です。
2-2-3 変換記憶術
記憶すべきものを数字や文字に変換して覚える方法です。
17世紀にドイツ人のウィンケルマンが提唱したもので、場所法やペグ法と並んでポピュラーな記憶術です。
自分で数字と文字の変換表を作って頭に入れ、円周率など数字の羅列を文字に置き換えて覚えるものです。
心理学者のミラーが提唱した「チャンク」という概念があります。「情報のまとまり」を意味し、例えば電話番号の0312345678は、10チャンクとなります。
人間が一度に覚えられるチャンクは5~9とされ、10チャンクを覚えるために2チャンク、4チャンク、4チャンクに分けことをチャンキングと呼びます。
2-2-4 語呂合わせ記憶術
これは、歴史の年号などで誰もが使ったはずです。日本人には変換記憶術よりも向いているといわれます。
2-2-5 歌唱法
これも古典的なもので、歌で覚える方法です。メロディがついていると覚えやすいことは間違いありません。
2-2-6 メモリーツリー法
あるテーマを中心に置いて、関連するキーワードを線で結んで系統化して覚える方法です。時間がかかりますが、系統立った記憶が可能になるので物事の理解に役立ちます。
3 記憶力アップの4つのヒント
ここからは記憶力アップの方法を「イメージ化」「五感」「反復」「習慣化」という4つのキーワードから解説します。
3-1 記憶力アップのヒント1 | イメージ化
イメージをつかさどる右脳の情報処理能力は左脳の数倍ともいわれています。
色や形は右脳が見ているのです。
誰もが知っている語呂合わせ記憶術に、「鳴くよ(794)ウグイス平安京」というものがありますね。「平安京で鳴くウグイス」をイメージしたはすです。
言葉で覚えるより効率的なイメージ化は、ふだん私たちは無意識のうちに行っていますが、意識的に活用することによって、一度に大量の記憶が可能になります。
3-1-1 イメージ力をアップさせる方法
イメージ力は、「色」と「形」の「分解と合成」をトレーニングすることで格段にアップします。
私たち日本人は、言語力や思考力を上げるトレーニングを子どもの頃から受けてきましたが、イメージ力を上げる教育をほとんど受けていません。
何かを頭の中でイメージすることを苦手とする人が多いのです。イメージする上で重要な要素である「色」と「形」に関する情報が不足しています。
目で見て脳に送られた情報は、色、形、明るさ、位置などの情報に分解されます。
例えば色なら、大脳が視細胞の錐体から送られた波長の情報を分析して色を認識します。目で色そのものを見ているのではなく波長の違いを認識し、脳で波長の分析をして情報を再合成し、「自分の脳が作り出した色」を認識するのです。
ですから同じものを見ても、人によって見え方が違うのです。
3-1-2 色に対するトレーニング
脳内の色の再合成能力を高めるトレーニングをしましょう。
普通の人は、「黄色と水色を混ぜれば緑色になる」ということを知っていても、それを頭の中でイメージするのは難しいものです。
加齢などで気づかないうちに脳で再合成する能力が低下していまっている場合もあります。
脳内でものが鮮やかに再合成できないと、記憶力は鈍ります。
具体的な方法を以下に示しますので、書籍やネット上で三原色などカラーのサンプルを入手してトレーニングに使用してください。
・補色を覚えて対になる色に対する感度を上げる
・グラデーションを覚えて色の濃さを認識できるようになる
3-1-3 形に対するトレーニング
点、線、円、三角形、四角形という「究極的な形」をはっきりイメージできるようにトレーニングすることによって、それを使って再合成するイメージも鮮明になります。
形も色と同じように、脳内で基本的な形の情報を組み合わせて、再合成していると考えられるのです。私たちの目はいくつかの基本的な形の信号しか受け取れないものと考えられています。
「基本刷り込みトレーニング」と呼ばれる次の方法も効果的です。
・2つの形を見てそれをひとつの形に合成する「形の合成」
3-2 記憶力アップのヒント2 | 五感を活用する
視覚においては「色」や「形」のように、私たちは五感で得た情報を一旦分析し、電気信号に変換して脳に送ります。
脳がその情報を再合成することによって、私たちは様々なものを感じとるのです。ですからメガネの曇りを拭くように、ひとつひとつの情報が正確にインプットされるようにすれば、信号が脳へとスムーズに送られるようになります。
これが記憶力のアップにつながるのです。
視覚と聴覚はよく記憶術に使われますが、「味覚」「臭覚」「触覚」が利用されることはなかなかありません。五感をすべて使うことによって記憶はより定着します。
3-2-1 味覚を利用する
例えば初対面の相手の名前と顔のイメージと味覚をこじつけて覚えます。
佐藤さんだったら「砂糖」を結びつけて、「甘い」という味覚と顔を結びつけるといった方法です。この方法は右脳の刺激にもつながります。
3-2-2 嗅覚を利用する
香水など現実の香りと人を結びつけるだけでなく、佐藤さんだったら「甘い」から「バニラ」の香りを結びつける方法です、
味も匂いも、記憶として結びつける知識や経験を多くストックしていなければ、非常に限られた数しか利用できません。
日頃から味や匂いを、興味を持って分類しておくことも大切です。
3-2-3 触覚を利用する
佐藤さんであれば、バニラのソフトクリームを舐めたら滑らかという感覚を加えます。
佐藤さんの顔と声のイメージとともに、「バニラの香りがするソフトクリームのように滑らかな人」と味覚、嗅覚、触覚を組み合わせて覚えるのです。
これで強烈に相手の名前と顔が記憶に残ります。
3-3 記憶力アップのヒント3 | 反復
記憶は刺激の強さと繰り返しの回数を調整することによって、短期記憶と長期記憶を使いわけることができます。どのようなタイミングで何回繰り返せば長期記憶になるかということは、個人差がありますから、自分の記憶の実力を知っておくことが重要です。
3-3-1 10分後に復習する
最初の復習は10分後がベストです。
10分後の後は、次の日、3日後、1週間後といったようにスケジュールを決めて、試験などの場合は5回以上繰り返しましょう。
5回同じ知識を復習することで、記憶はずいぶんと定着するはずです。
3-3-2 一度隠して思い出す
覚えたいことは一旦隠すと脳への信号がゼロになり、思い出すことで再開した信号は強くなります。
記憶は頑張って保存しても思い出せなければ意味がありません。記憶をアウトプットするトレーニングをしましょう。
買い物リストを書いたら、サッと隠して思い出してみるのです。思い出すという負荷が加わると、脳神経細胞のケーブルである樹状突起は少し伸びることがわかっています。
3-3-3 問題集は同じものを繰り返す
問題集が終わったら次の問題集に取りかかるのではなく、1冊に絞って同じ情報を繰り返し見るようにします。インプットは1冊にして、アウトプットの機会を繰り返し設けるのです。
3-4 記憶力アップのヒント4 | 習慣化
記憶力をアップさせるためにもっとも重要なのは、「自分は記憶力がアップする」と信じることです。そして、「覚えよう」と意識することです。
人間は「覚えよう」と思わないことは、なかなか覚えられません。
興味があることや価値が認められることはすぐ覚えられても、そうでないことは記憶に残らないものです。ですから、日頃から「覚える!」と強く意識することが効果を上げるのです。
3-4-1 覚えたいものを見てから寝る
寝る前に短時間でもいいので、覚えたいものを眺めるようにしましょう。寝ている間は記憶が整理されるので、寝る寸前のイメージは記憶に残りやすいのです。
3-4-2 記憶する前にマンガを見る
右脳と左脳を同時に刺激して脳の血流量を増やすためには、マンガが効果的です。
マンガは絵で右脳を刺激し、文字で左脳を刺激します。ページをめくるのは触覚に刺激にもなります。
ウォーミングアップに利用しましょう。
3-4-3 料理で記憶力を鍛える
料理は五感をフル活用するので習慣化しましょう。
味覚や嗅覚を使うことはもちろんですが、焼け具合などは見た目や音で判断します。熱い、ぬるいといった判断や切ったり混ぜたりは、触覚を使っています。
さらに料理には、段取りを組む計画力、買い物をするときの計算力やアレンジ力、盛り付けするときのバランス感覚や美的感覚など、様々な要素が盛り込まれていて脳を活性化させます。
男性も女性も、ぜひ料理を楽しんで記憶力をアップさせてください。
あとがき
ここで解説した記憶力アップのヒントは、ほんの基本的なことだけです。探せばヒントはまだまだ見つかることと思います。
私たちの脳は、勉強のできる人もできない人も、仕事ができる人もできない人も、しくみは一緒です。誰の脳も同じ可能性を秘めているのです。
でも、情報をインプットする五感の感覚や生活環境はみな違います。脳の働きやしくみを理解したら、効果的に使いこなして自分に最適の記憶術を見つけてください。
【参考資料】
『覚えたら一生忘れない最強記憶術』(KADOKAWA・2016年)
『記憶力の脳科学』(大和書房・2015年)