ワーキングメモリが果たす10の役割-日常生活での働きと鍛え方

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日本語で「作業記憶」と呼ばれる「ワーキングメモリ」は、長期記憶や短期記憶とどのように違うものなのでしょう?

「working memory」は、人間の情報処理活動を研究する認知心理学という分野で生まれた言葉です。

「memory」は、「記憶」やそのシステム、装置などを意味し、「USBメモリー」や「メモリーカード」のように「ワーキングメモリー」と発音されることもありますが、情報処理の分野では「メモリ」と発音するのが一般的です。

自分の「記憶」を意識したことがないという人はいませんよね。
たくさんの思い出や、人の名前、自分が好きなものや嫌いなものなど、脳が覚えている数えきれないほどの記憶によって、日々の生活が成り立っているといってもいいでしょう。
こうした記憶は、脳内で短期記憶が長期記憶として定着した情報です。

ところが、ワーキングメモリを意識して使うとか、ワーキングメモリにどのような思い出があるといういい方はしません。
「作業記憶」というからには、記憶の一種であるはずなのに、「思い出」のようなものではないのです。
しかし実は、ワーキングメモリこそ、日々の生活を成立させている記憶だといえます。

ここでは、そもそもワーキングメモリとはどのようなものかという基本的な知識と、日常生活においてワーキングメモリがもたらしている重要な働きを解説し、簡単にできるワーキングメモリのトレーニングを紹介します。

目次

1. ワーキングメモリとは?
1-1. 記憶のしくみ
1-2. ワーキングメモリは情報処理システム
1-3. ワーキングメモリの機能低下がもたらすADHD

2. 日常生活でワーキングメモリが果たす10の役割
 ① 情報に優先順位をつける
 ② 重要なことに集中する
 ③ 不測の事態に対応する
 ④ リスクを判断する
 ⑤ 学習する
 ⑥ 好き嫌いを判断する
 ⑦ 環境に適応する
 ⑧ ストレスを軽減する
 ⑨ モラルに従って生きる
 ⑩ チームプレーをする

3. ワーキングメモリの鍛え方
3-1. 何にでも優先順位をつける
3-2. 料理を楽しむ
3-3. 意味記憶をエピソード化する

まとめ

1. ワーキングメモリとは?

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ワーキングメモリを理解するためには、記憶のしくみを知る必要があります。
脳内で起こっていることは、詳細を語れば難しい内容になってしまいますから、ここでは専門用語を最小限に抑えて概要をわかりやすく解説します。

1-1. 記憶のしくみ

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記憶は、情報が残る時間の違いによって、「感覚記憶」「短期記憶」「長期記憶」の3つに分類されます。
感覚記憶とは、五感で受けた刺激の情報が瞬間的にその器官において保持されるもので、ほとんどは意識することなく、長くても数秒程度で消えていきます。

感覚記憶の中から意識した情報が電気信号として脳に伝わり、感覚に応じたフィルターを通してから、海馬という部位に情報が保持されます。
これが短期記憶と呼ばれるもので、数秒から数日間、もっとも長いものでは1カ月ほど情報が残ります。

短期記憶の中から、「強烈な印象」「重要だと認識したこと」「反復されたこと」などが選別されて大脳皮質に送られ、これが長期記憶となり、年単位、長いものでは生涯忘れない記憶となるのです。

短期記憶を保持する海馬のメモリ容量は少ないので、新たな情報を記録するためには古い情報を忘れる必要があり、長期記憶を保持する大脳皮質のメモリ容量は、無限大ともいわれるほど多いという違いがあります。

ですから、記憶力アップのポイントは、短期記憶が残っている間に、いかにして長期記憶として定着させるかということなのです。

1-2. ワーキングメモリは情報処理システム

ワーキングメモリが「作業記憶」と和訳されたのは、何らかの作業をするために欠かせないものだからです。
たとえば「会話」をするためには、相手の発言を記憶して自分の意見をまとめ、自分の発言に対する相手の反応を見る、といった作業が繰り返されますよね。
ここで使われている脳の情報処理ステムが、ワーキングメモリなのです。

その作業をしている間だけ必要とされる記憶。
本来、人間の脳が苦手とするマルチタスクを行うための記憶システム。
短期記憶や長期記憶から必要な情報を検索して、今行っている作業を円滑にする回路。
これらがワーキングメモリの正体です。

作業記憶を短期記憶の一種ととらえる場合もありますが、これは結果的に短時間の記憶情報となるからで、短期記憶や長期記憶を有効に使うシステムの名称ですから、「記憶」という言葉が使われていても、概念がまったく違うものなのです。

1-3. ワーキングメモリの機能低下がもたらすADHD

ワーキングメモリが注目されるようになったきっかけのひとつが、「ADHD(Attention-Deficit Hyperactivity Disorder)」。
ADHDとは、「注意欠陥障害」や「多動性障害」と呼ばれる精神医学的障害で、発達障害の一種と考えられており、その原因とされているのがワーキングメモリの欠如なのです。

子どもでは20人にひとりの割合でみられ、「ひとつのことに集中するのが難しく、集中力が長続きしない」「まわりの刺激に気をとられやすく、すぐに気がそれてしまう」「忘れっぽく、よく物をなくす」といった症状が現れます。

そのまま大人になってしまうと、感情が爆発しやすい、物事に過度にのめり込みやすい、依存症になりやすいといった傾向があるといわれています。

2. 日常生活でワーキングメモリが果たす10の役割

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それでは、脳の即時情報処理システムであるワーキングメモリが、日常生活においてどのように役立っているのか見ていきましょう。
ワーキングメモリが低下すると、これらの機能も低下するということです。

① 情報に優先順位をつける

あなたが会社でデスクワークをしていたら、上司から急ぎの仕事を頼まれたときのことを考えてみましょう。
急ぎの仕事をこなしたら、元の仕事に戻って再開しますよね。
これは、ワーキングメモリが働いて、作業の優先順位を決めているからできることです。

こういうときにパニックしてしまい、何から手を付けてよいのかわからなくなってしまう人はワーキングメモリが正常に働いていないということ。
自分がやらなければいけないことがいくつかあっても、優先順位を決めて片づけることができるのは、ワーキングメモリのおかげなのです。

優れた料理人は、いくつもの料理を同時進行させながら片付けも行い、数品の料理をどれも温かい状態で仕上げたときには調理場がキレイな状態になっていますよね。
これも、ワーキングメモリの成せるワザなのです。

② 重要なことに集中する

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世の中には刺激や情報があふれています。
いろいろな誘惑が邪魔をして、目の前のことに集中するのは大変ですよね。
学生時代、勉強に集中できず、散漫だといわれた人は少なくないはず。

こうした状況において、目の前にあるいろいろな事柄をふるいにかけ、自分にとってもっとも重要なことに集中できるようにするのも、ワーキングメモリの働きです。

ところがワーキングメモリの容量はとても少なく、人間が一度に覚えていられる作業記憶は3つか4つ程度だといわれており、重要なことと認識していても、次々とインプットされる新たな刺激や情報によってぼやけてしまいます。

集中力が高いか低いかということには、ワーキングメモリ容量の微妙な違いや、余計な情報をインプットしないことが影響します。

③ 不測の事態に対応する

いくら万全の態勢で臨んでも、突発的な出来事によって瞬時の判断を迫られるのが世の常。
こうした不測の事態に適応できるのは、ワーキングメモリが働いているからです。

就職の面接を想像してください。
あなたは面接官からのどんな質問にも答えられるよう、その企業の沿革や業績はもちろん、主な取引先の情報、商品の評判や売れ行き、戦略や方向性までしっかり頭に入れました。
ところが面接官からの質問は、その企業や業界とはまったく関係がないと思える、環境保護の話題だったのです。

しかし、あなたは大学時代に参加したセミナーの記憶から、自分の意見を述べることができました。
セミナーで勉強した情報が長期記憶となっていたために、ワーキングメモリという検索エンジンに引っかかったわけです。

④ リスクを判断する

ワーキングメモリは、しばしばブレーキの役割も果たします。
人間は気持ちの高ぶりや環境の勢いに流されて、突進してしまうことがありますよね。
こんなときに、冷静な判断をもたらしてリスク回避できるのも、ワーキングメモリが働いているから。

衝動買いを抑えているのは、ワーキングメモリなのです。
ネットショップを閲覧していて、「いいなコレ!」という商品があったときに、記憶には関連する情報がなくても、ネット検索をしてその商品にまつわる情報を集め、「価格が下がるかもしれないからもう少し様子を見よう」とか、「レビューにはいい情報ばかりだったけど、不具合の報告が上がっているからやめておこう」といった判断ができるのは、ワーキングメモリの情報処理システムがあるからです。

⑤ 学習する

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学習という作業は、ワーキングメモリなしでは成立しません。
教室の勉強では、級友のひそひそ話に誘惑されず、先生の話に集中。
自宅で行う学習では、テレビを観たい、ゲームをしたいといった欲望に負けず、今の自分にとって最重要である勉強に集中する。
こうした学習ができるのは、ワーキングメモリが重要事項を判断して集中させるからです。

テスト前の勉強では、限られた時間で何を覚えればよいのかという選択を行い、その中から優先順位を決めて勉強しましたよね。
そして何よりも、自分の記憶情報にアクセスして、必要な情報を意識に置きながら作業を行うという行為の反復が、短期記憶を長期記憶へと変えるのです。
ここにもワーキングメモリが働いています。

⑥ 好き嫌いを判断する

好き嫌いの判断には、ワーキングメモリが大きく関与しています。
直感的に判断を下しているように思える「好きか嫌いか」という感情には、記憶が左右する要素が大きいのです。

ある日、出会った相手に対する好きか嫌いかという判断の源は、五感の刺激。
その人間を見て、また声を聴いて、自分の記憶にある様々な情報が検索され、過去の経験や自分がもつ好き嫌いの基準と照らし合わせて比較し、「この人は好きだな」とか、「この人は苦手なタイプ」などという判断をします。

五感で受けた刺激が脳に伝わると、扁桃体という部位で「快か不快か」「好きか嫌いか」という判断行われ、不快な感情がわいたときに自分を守ろうとする反応がストレス反応。
ここで喜びを感じると、プラスの感情が起こって、その刺激が好きになります。

ですから、扁桃体の働きが、ワーキングメモリの活性化に大きな影響を与えていると考えられています。

⑦ 環境に適応する

転職や異動による職場環境の変化、離婚や死別による家庭環境の変化などに対して、すぐに慣れる人と、なかなか適応できない人がいますよね。
新しい環境に適応できない人は、現実を受け入れられてないということです。

現実が受け入れられない人には、完璧主義者やプライドの高い人が多いといわれます。
しかし、もっとも大きな要因となっているのは、ワーキングメモリがコントロール機能を失っていることです。

古い考え方を捨てて、新しい考え方へとシフトできるのはワーキングメモリが働いているから。
これができるおかげで、人間は以前とは違う観点で物事を見たり、感じたりできるようになるのです。
ワーキングメモリは、人間的な内面の成長にも大きくかかわっているということですね。

⑧ ストレスを軽減する

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ワーキングメモリは扁桃体が生み出した感情を整理したり、調節したりする働きがあります。
これは、ストレスの軽減につながる働きです。

ストレスの原因となるマイナスの感情を生み出す刺激は、自分の意思とは関係なく降り注ぐものです。
「辛い」「悲しい」「痛い」「つまらない」といった感情は、意識から消そうとしたり忘れようとしたりすれば、原因になっている刺激を思い出すことになるので逆効果。

マイナスの感情を忘れさせる最善の方法は、プラスの感情がわく刺激を自分に与えること。
簡単にいえば、好きなことや心地よいことをして没頭すればいいのです。
こうしたプラスの刺激を選ぶ判断も、ワーキングメモリの働きが大きくかかわっています。

逆に考えれば、ストレスやプレッシャーは、ワーキングメモリの機能低下を招くということです。

⑨ モラルに従って生きる

自分は何をすべきか、自分にとって正しい言動とは何かという判断には、ワーキングメモリが働いています。
誠実に生きることが喜びとなるのは、この判断があるからです。

この働きは、外に向かっても重要なもので、誰かに対して誠実であるということも同様ですから、ワーキングメモリの機能が低い人は、自分に対してだけでなく対外的にも誠実を貫くことが苦手です。

この働きがもっとも顕著に表れるのは恋愛ですね。
ワーキングメモリは、人間関係にも大きな影響を与えるということです。

⑩ チームプレーをする

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ラグビー日本代表の健闘によって、「ONE TEAM」が2019年の流行語大賞を受賞しましたが、チームプレーにもワーキングメモリが欠かせない要素です。

スポーツに限らず仕事においてもチームプレーは、選択肢の連続の中で常に自分の態勢のこと、パスを受ける相手のこと、闘っている相手の状態などを考慮して最善の手段を選び続けなければいけません。

このマルチタスクを可能にしているのがワーキングメモリなのです。

3. ワーキングメモリの鍛え方

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かつて、ワーキングメモリは固定的なもので、トレーニングによって鍛えられるようなものではないと考えられていました。
しかし、2000年代に入ってから、ワーキングメモリは鍛えられるもので、努力すれば活性化できることがわかったのです。

脳トレを紹介する本や、ワーキングメモリトレーニングをうたうアプリを活用するのもいいでしょうが、ここでは日常で簡単にできるトレーニング法を3つ紹介します。

3-1. 何にでも優先順位をつける

日頃から、何に対しても意識的に優先順位をつけるようにします。
ワーキングメモリが無意識に行っていることを意識化することで、判断力やマルチタスク能力を高めるのです。

見るもの、聴くもの、味わうもの、触るもの、香るものといった五感で受ける刺激に対して、自分の中でベスト5を決める習慣をつくりましょう。

3-2. 料理を楽しむ

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料理は、ワーキングメモリを効果的に使う作業ですから、積極的に料理を楽しむことによってワーキングメモリの機能を高めることができます。
あなたが、あまり料理をしたことがなければ、いい機会だと思って簡単な料理からはじめてみたらいかがですか。

大事なのは、料理を楽しむこと。
美味しい食材を美味しく食べることに、喜びを感じるようになったら、さらなる美味しさの追求がはじまるでしょう。
誰かを喜ばせることが自分の喜びになるのですから、やりがいがあります。

3-3. 意味記憶をエピソード化する

長期記憶には、言葉で表すことができる「陳述記憶」と、体が覚えるような「非陳述記憶」があります。
さらに陳述記憶は、自分が経験したことや情景が浮かぶような「エピソード記憶」と、数字や文字の知識である「意味記憶」に分かれます。

意味記憶はなかなか長期記憶として定着しにくいのですが、エピソード記憶は情景や経験が結びついて記憶として定着しやすいのが特徴。
意味記憶は意識的に体験や情景を結び付けてエピソード記憶化すれば、覚えやすくなります。
「鳴くよ(794)ウグイス 平安京」などは代表的な例。

これは勉強法のコツのひとつでもありますが、情報と情報を「結びつける」作業を行うのがワーキングメモリなのです。
ですから、意識的に意味記憶のエピソード化を行えば、ワーキングメモリを活性化することができます。

まとめ

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記憶の基礎知識と、ワーキングメモリの働きは理解できましたか?
ワーキングメモリという機能が、日常生活でいかに重要なものかわかっていただけたことと思います。

最後に「IQ(知能指数)」とワーキングメモリの違いを説明しておきましょう。
IQとは、あなたが知っていること、知識の多さを表すもの。
ワーキングメモリは、その知識を利用するシステムです。

知識はもっているだけでは意味がなく、いかに効果的に使うかという検索機能が重要となります。
ですから現代では、学習能力にはIQよりもワーキングメモリの高さが必要だと考えられるようになり、ワーキングメモリのスコア化が研究されています。

【参考資料】
・『60代から頭がよくなる本』 高島徹治 著  興陽館 2019年
・『脳のワーキングメモリを鍛える!』 トレーシー・アロウェイ、ロス・アロウェイ 著  栗木さつき 訳  NHK出版 2013年

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