『ドラえもん』×『ティール組織』からよみとく異文化コミュニケーションの秘訣

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異文化というと、わたしたちは国や人種、文化のように大きな違いをイメージしがちです。しかしたとえば、あなたとわたしの家とのルールは、隣同士に住んでいても異文化と言えるほどに異なっている可能性があります。

いえ、同じ家の中でさえ、中年にさしかかった父親と高校生の娘とのコミュニケーションは、アマゾンの住民と北極の住民が今日の天気について話すかのように隔絶したものかもしれません。また、自分を生み育てた母親や長年連れ添ったパートナーとの、あまりにも異なる価値基準に、愕然とした経験を持つ方は少なからずいることでしょう。

そのように考えると「自分以外のあらゆる人間は、自分とは異なる文化を生きる存在である」と言うことすらできそうです。

ベストセラー『嫌われる勇気』に登場する哲人は“人間の悩みは、全て対人関係の悩みである”という心理学の巨頭、アドラーの言葉を引用します。たしかに現在、学校や職場に行けなくなったり、家庭にいることさえも憂うつだったりするようなことから、日々起きている事件や犯罪、テロや戦争に至るまで、わたしたちに迫るあらゆる問題は「異文化を生きる他人」との関係から始まっているという考え方もできるでしょう。

ところで『ティール組織』のベースにある「インテグラル理論」は、そこで扱われている意識の発達理論を含む思想であり、序文に推薦文を寄せている思想家のケン・ウィルバーによってまとめられた、さまざまな角度から自分と他人を知るための5つの切り口が示されています。

・ものの見方の4つの角度:【クオドラント】
・意識の発達の段階:【レベル】
・意識の発達の領域:【ライン】
・人の持つ資質:【タイプ】
・その人の今の状態:【ステイト】

『ティール組織』の著者、フレデリック・ラルー氏も言う通り“人はある特定の瞬間に、ある一つのパラダイムに「基づいて活動している」”のであり、常に単一の段階に留まっているわけではありません。

そこでこの記事では、複雑な多様性を持つ人間の意識とはどのような在り方をしているのかを、漫画『ドラえもん』のキャラクターを例にとりながら解きほぐし、わたしたちを悩ます異文化の住人としか思えないあの人との関係を楽にしていくためのヒントを探っていこうと思います。

目次

1. ものの見方の4つの角度【クオドラント】
1-1. 野比家の家族が持つ関心の重心とは
1-2. <自己>:空想にふけるのが大好きなのび太
1-3. <身体>:耳がないことを気にするドラえもん
1-4. <文化>:世間体が気になってしまうママ
1-5. <社会>:社会が中心な中間管理職のパパ
2. 意識の発達の「段階」【レベル】と「領域」【ライン】
2-1.のび太を取り巻くさまざまな色のキャラクター【レベル】
2-1.1.  <レッド>:力で支配しようとするジャイアン
2.1-2.  <アンバー>:集団の規律に従うのび太
2.1-3.  <オレンジ>:ものごとの成り立ちを考えられる出木杉くん
2-1.4.  <グリーン>:全ての価値を同等におくしずかちゃん
2-1.5. 「含み、超え」ながら多様に発達していく意識の【レベル】
2-1.6.  <ティール>:自身の内面に照らして物事を判断する
2-2. 美意識が高いスネ夫/発達の領域【ライン】
2-2.1. 数多くの領域がある【ライン】
2-2.2 スネ夫の【ライン】の意外な高さ
2-3. 【レベル】や【ライン】にはでこぼこがある
2-4. ヒトラーを生んだ【レベル】や【ライン】の誤認
3. 気質【タイプ】と状態【ステイト】:映画ではみんなの雰囲気が変わる理由
3-1. 常に変わらない【タイプ】と刻々とうつろう【ステイト】
3-2. 万年変わらない漫画版の弱虫のび太
3-3. のび太が勇敢になる劇場版
3-4.【タイプ】のさまざまな断面が【ステイト】
3-5. わかりあえないのが前提のあなたとわたし
まとめ

1. ものの見方の4つの角度【クオドラント】

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1-1. 野比家の家族が持つ関心の重心とは

わたしたちは「自分が気になることだけが気になる」という傾向を、無意識に持っています。

たとえば、久しぶりの友人と会って食事をしているとしましょう。わたしは随分と雰囲気が変わった友人の、学生時代の姿を心の中で思い浮かべつつ、口の中ではもつ煮の柔らかさを味わい、禁煙席なのに煙草の匂いがするというルール違反に少しいらだちながら、友人の仕事の話に耳を傾けています。このように同時に起こっているその瞬間のものごとを、4つの象限【クオドラント】として分析することができます。

【クオドラント】では、縦軸に個人と集団、横軸に内面と外面という要素をとり、人の内外で起こっているできごとを個人の内面=<自己>、個人の外面=<身体>、集団の内面=<文化>、集団の外面=<社会>の4つの領域に分けて考えます。

クオドラント

図1 【クオドラント】の各領域

試しに、ご自身にとって身近なできごとを例にとり、図1に示した<自己><身体><文化><社会>のそれぞれの領域に当てはめてみてください。そうすると、自分がとりわけ気になる領域と、ほとんど意識に留めていない領域があることに気づくのではないでしょうか。

このことは、自分がものごとをどのように見ているのか、どの領域に関心があり、どの領域が盲点になりやすいのかという「関心の重心」について、気づいていくきっかけとなるものです。

それでは、万年変わりなく見える野比家を例にとって、人の「関心の重心」の異なりがそれぞれの「ものの見方」にどのような影響を及ぼしているのかを探ってみることにしましょう。

1-2. <自己>:空想にふけるのが大好きなのび太

のび太の趣味は、昼寝と空想にふけること。「わたし」が何を感じ、考えているかということに強い関心がある彼は個人の内面=<自己>に重心があると言えるでしょう。ここは自分の主観についての領域です。

<自己>への関心の比重が低い場合には、自分が感じていることに蓋をして、ありのままに感じられない、ということが起こる可能性があります。極端な場合には、たとえば自分が感じている怒りを自分の感情として感じられず、周囲の人が怒っていると思いこんでしまうような「投影」という心理作用が起こった結果、心の中に「シャドウ」を抱え込んでしまうかもしれません。

このシャドウや、それを解放するためのワークについて知りたい方は、動画講座“わたしの「光」と「影」を統合する“で詳しく説明しています。

1-3. <身体>:耳がないことを気にするドラえもん

耳をネズミにかじられてしまったネコ型ロボット、ドラえもんの関心の重心は、個人の外面=<身体>にあるのかもしれません。<身体>は自分自身について客観的にとらえるという領域であり、ロボットであるドラえもんにとっては得意な分野であるといえるでしょう。

<身体>への関心の比重が低い場合には、自分の体調や身体の状態について必要な関心を払うことを怠るかもしれません。身体を部品の交換が可能な機械のようにみなしたり、使役するロバのように手荒く扱ったりしているならば、注意が必要でしょう。

1-4. <文化>:世間体が気になってしまうママ

いつも「のび太君のママ」、「野比さんちの奥さん」と呼ばれ、パパからも「ママ」または「きみ」と呼ばれる、玉子。高度成長期に見られた、教育に注意を払う典型的な母親として描かれる彼女は、世間で共有されているものの考え方や価値観を含む<文化>の面に関心の重心がありそうです。

それに対して<文化>への関心の比重が低い場合には、自分の属する集団を成り立たせるうえで必要なルールを尊重しなかったり、道徳や倫理を軽視したりするということが起こるかもしれません。

1-5. <社会>:社会が中心な中間管理職のパパ

昭和15年に生まれたプレ団塊の世代で、高度経済成長期にサラリーマンとなったのび助の関心は、会社や社会、インフラなどのシステムにも関連する集団の外面=<社会>に重心があると推測されます。

<社会>への関心の比重が低い場合には、飢えや貧困、気象変動などの世界的な問題や政治経済などの事象が、自分とは遠く関係のないもの、あるいはかかわれないものとして、人ごとのように感じられかねません。

このように、それぞれの関心の重心が異なる野比家では、互いを理解しかねるという場面が時折見られます。のび助の呑気とも見える教育方針に、玉子はいらだっているように見えますし、玉子の説教は、のび太にとってはただうるさいだけのものと聞こえているでしょう。ロボットであるドラえもんが、そんな人間の世界をどのように見ているのかは、昨今のAI問題とも絡めて大変興味深いところです。

【クオドラント】というツールを使って、自分自身や異文化の住人とも思える他人について知ることは、それぞれの関心の異なりに気づくための役に立ちます。お互いの「関心の重心」を理解することにより、必要に応じて互いに補い合ったり、無理なくすり合わせたりすることもできるようになるでしょう。

2. 意識の発達の「段階」【レベル】と「領域」【ライン】

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2-1.のび太を取り巻くさまざまな色のキャラクター【レベル】

ところであなたは、おっちょこちょいなのび太や暴力的で自分勝手なジャイアンが、映画の中では人が変わったように大活躍をする様子を見たことがあるでしょうか。

『ティール組織』やインテグラル理論では、現在の人類に見られる可能性がある【レベル】を<レッド>から<ティール>(*注)までの5段階であると考えます。のび太とその仲間たちを手がかりに、そのような意識の各段階について考えてみましょう。

(*注)インテグラル理論では<ターコイズ>とされていますが、以下<ティール>で統一します。

2-1.1.  <レッド>:力で支配しようとするジャイアン

ジャイアンが感情を抑えられず、かんしゃくを起こしたり暴力をふるったりして欲求を満たそうとする姿からは、弱肉強食のルールの中で自己中心的にふるまう<レッド>(利己的段階)の【レベル】にある様子が伺えます。

聞く人をノックアウトするジャイアンリサイタルを強行するさまからは、他人の感情に気づくことなく、また自分さえよければいいと考える<レッド>の特性が感じられます。これは全能感と言われる、根拠もなく自身の能力を過信して、時には世界を支配することを妄想するような感覚を持っている「自己中心的」と言われる段階です。

2.1-2.  <アンバー>:集団の規律に従うのび太

一方でのび太には<アンバー>(神話合理性段階)な【レベル】のふるまいが伺えます。彼は、いじめっ子のジャイアンや、毎日のように説教をする玉子という障害を経験することで、自分が自分の運命を思うようにコントロールできないということに気づき、学校や家庭という集団の規律に従って、そこからはじき出されないように努力していると考えられるでしょう。

また、自分が好きなものを他人も好きだとは限らないというように、自分と相手とを分けて考えることや、他人からどう見られているかを理解することができるようになり、自分の痛みを通して人の痛みを理解できるようになるのも、この段階の特徴です。

2.1-3.  <オレンジ>:ものごとの成り立ちを考えられる出木杉くん

頭脳明晰な出木杉くんは、<オレンジ>(合理性段階)の【レベル】なのかもしれません。成功や達成、進歩が<オレンジ>のキーワードです。与えられたものや教えられたことをうのみにするのではなく、自分自身の目で調べ、確かめようとします。「もしこれが〇〇だったら、どうなるだろう?」という想像を、タブーに縛られずに行えるようになるため、可能性の世界が一気に広がります。

<アンバー>の要素が強いのび太ですが、世間の価値観に疑いをもち、新たな世界を想像することができる点からは<オレンジ>の段階への萌芽が伺えます。

2-1.4.  <グリーン>:全ての価値を同等におくしずかちゃん

<オレンジ>に続く<グリーン>(相対主義段階)の【レベル】は、多様な価値観を理解することができるようになる段階です。あらゆるものにそれぞれの考え方があると理解し、それらに敬意を払うことができるようになります。価値観が多様化するため、人生には成功や達成、進歩以外の価値があると感じられるようになります。

<グリーン>では、アンバーの段階よりも広い視野での集団や組織への帰属意識と調和が判断基準となります。このように<アンバー>から<グリーン>までは、自分や自分が所属する集団・組織と、それ以外とを分けて考える「自集団中心的」な段階とも言われています。
もしかしたらしずかちゃんは、この<グリーン>の感性を持っているのかもしれません。

2-1.5. 「含み、超え」ながら多様に発達していく意識の【レベル】

とはいえ、仮にしずかちゃんが<グリーン>の感性の持ち主だったとしても、学校でよい成績をとることを目指す<オレンジ>や、学校という規範に自分を合わせていく<アンバー>、自分の欲求のままにふるまう<レッド>の要素がなくなったわけではありません。

意識のそれぞれの【レベル】は発達することによって消えるのではなく「含み、超える」と言われています。つまりそれぞれの意識の段階において十分に成熟しながら進むことで、そこにある良い面がその後も活かされていくことになるのです。

このため非常時に強い<レッド>や、集団の中でうまくやっていくことを大切にする<アンバー>、達成を目指して可能性を追求する<オレンジ>、そして「みんな違って、みんないい」という価値観を持つ<グリーン>の要素は、さらに上の【レベル】である<ティール>(統合的段階)に受け継がれていきます。

2-1.6.  <ティール>:自身の内面に照らして物事を判断する

<グリーン>までの【レベル】では、あくまでも社会規範や成功、所属する集団や組織との調和などのように、外にある基準に照らしてものごとを判断していました。しかし、自分をよく見せたい、周囲からすごいと思われたいという欲求から解放された<ティール>の【レベル】では、その判断基準の根拠が大きく変化します。

<ティール>の【レベル】にある人は『ティール組織』で描かれている通り、自らの内面に照らしたうえで、自分らしさや誠実さ、他者や世界への貢献といった観点から判断を行えるようになります。自然と自他の長所を生かし、自分自身やほかの人々との関係の中で、役割や立場を離れた「まるごとの自分」として「まるごとの相手」とつきあおうとし始めるのです。

このように【レベル】があがることにより、その人の内面や外的活動の自由度は増していくと言えるでしょう。しかし、ここでお伝えした【レベル】は、ものごとをありのままに判断したり解釈したりする「認知」という能力からみた発達の一側面でしかありません。

それでは「認知」以外に、どのような能力があるのでしょうか。

2-2. 美意識が高いスネ夫/発達の領域【ライン】

たとえば、ピアニストとして成功したいと思うのであれば、優れた「美意識」や自由自在に指を動かせる「運動感覚」、社会にアピールするための「対人関係」など、さまざまな能力が必要とされるでしょう。これらの意識の発達の領域のことを【ライン】と呼びます。

2-2.1. 数多くの領域がある【ライン】

前章で例にあげた「認知」とは、個人の内面=<自己>における【ライン】の一つにすぎません。

たとえば個人の内面という【クオドラント】を例にとると「認知」のほかに「価値」「スピリチュアル」「運動感覚」「欲求」「感情」「美意識」「道徳」「自己」「対人関係」という、9つの主な【ライン】があると言われています。これらの【ライン】の発達の度合いはばらばらなため、縦軸に意識の段階を、横軸に【ライン】の項目をとった図2のようなサイコグラフをイメージすると、理解しやすいかもしれません。

サイコグラフ

図2 サイコグラフ

それでは、スネ夫を例にとって【ライン】について考えてみましょう。

2-2.2 スネ夫の【ライン】の意外な高さ

のび太やジャイアンよりも知力においては優り、小柄な割には運動能力が高く、状況判断も的確で悪知恵が働くスネ夫は「認知」や「対人関係」「運動感覚」の【ライン】が発達していそうです。しかし、のび太をいじめる姿からは「道徳」の【ライン】はあまり発達していないようにも見受けられます。

また自分はハンサムだと信じ、多趣味でファッションデザイナーになるという夢を持っている様子からは、自分を惹きつけるものに関する「美意識」や自分は何者かという「自己」、自分にとって大切なものを問う「価値」の【ライン】は、それなりに発達しているように見受けられます。

個人の内面における【ライン】は、まず「認知」が発達し、続いて「自己」、そしてその他のラインの発達が後を追うと言われています。依存的で半ば夢の中にいるようなのび太や、粗暴で周りが見えていないジャイアンと比べると、スネ夫の個人の内面における【ライン】はよく発達していると言えるかもしれません。

図3は、<自己>におけるスネ夫のラインのイメージです。長さが発達の伸び具合を、先端の位置が発達の度合いを示しています。なおこのラインは、他の各領域にも存在します。

発達イメージ

図3 ラインの発達イメージ

2-3. 【レベル】や【ライン】にはでこぼこがある

ここまで見てきたように【レベル】や【ライン】における発達には、ひとりひとりに異なるでこぼこがあります。そしてそのでこぼこの重心が、その人の日常的な【レベル】となる可能性が高いのです

とはいえ、それはあくまでも「重心」であり、その【レベル】の性質が常に現れるとは限りません。それは、共にいる相手や場所などに大きく左右されます。

『ティール組織』で描かれているように、組織のトップが<ティール>のものの見方や考え方を発信し続けることによって、その段階にない人が<ティール>の【レベル】にあるかのようにふるまえることは、十分にあり得ます。そして逆に、トップが替わったために<オレンジ>に後退した組織の例を見れば、環境がその人の【レベル】を引きあげることも、もしかしたら引き下げることもあり得ることが伺い知れるでしょう。

たとえば、重心が<レッド>であるように見えるジャイアンですが、危険を顧みずに仲間を助けようとする映画版の姿には<アンバー>の要素が見られます。<レッド>が「自分さえよければいい」と衝動的にふるまうことに対し<アンバー>は「仲間のために」と考えられるようになるからです。

また「オレはジャイアン、ガキ大将~♪」という歌詞や、リサイタルで自分の歌を聴かせたいという強い思いからは「自己」や「欲求」の【ライン】が発達しているように感じ取れます。しかし「認知」や「道徳」のラインが十分に発達していないために、自分の歌がどのように受け止められているかという客観的な判断や、人が嫌がることを強要することの是非について気がつくことができないとも考えられ、そのような【ライン】の未発達さがジャイアンの【レベル】の重心を<レッド>の段階にとどめているともいえるでしょう。

このように【レベル】と【ライン】とは、密接な関係があると言えます。また【クオドラント】のそれぞれに各【ライン】が存在することを考えあわせると「<自己>の領域については【レベル】が高いのに<社会>の領域については【レベル】が低い」などというアンバランスな状態も存在していると思われます。

2-4. ヒトラーを生んだ【レベル】や【ライン】の誤認

ところで、のび太が時々道具によって得た力を自分の力と勘違いし、独裁者のように振る舞おうとする姿をおぼえている方もいるかもしれません。これらは【レベル】や【ライン】の誤認によって起こる現象です。

ヒトラーのように大きすぎる権力を手に入れたことにより「道徳」に照らして考えられないような行為がまかり通るという例は、歴史上、枚挙にいとまがありません。

ビジネスの現場でも、実力以上の地位についたり、大きな権限を任されたりしたことで、人が変わったように傲慢になったり、それまでの有能さを失ってしまったという事例を見聞きしたことがある方もいるでしょう。

「一瞥(いちべつ)体験」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。一瞥とは、ほんの一目、ちらりと見るということで、スピリチュアルの領域では、宇宙の本質や悟りの世界をわずかな時間だけ垣間見る、いわゆる神秘的な体験のことを指しています。「一瞥」する内容は様々ですが、その体験をした人の意識が体験の前とは変わってしまうことが多いと報告されています。

ここで重要なのは、役割や役職も、一瞥体験も、あくまで外からもたらされた仮のものであり、体験した意識の【レベル】や【ライン】にとどまり続けられることとイコールではないということです。

これらの体験をきっかけとして、意識の【レベル】や【ライン】を発達させていく人も、もちろんいます。しかし自身がその基準に到達していると勘違いして謙虚さを失い、自分は何者かという「自己」の【ライン】を過剰に見積もることで、先に挙げたのび太やヒトラーのように自分の能力を過信してしまう可能性も、大いにあります。

そう考えると【レベル】と【ライン】とは自らの発達の度合いを誇るためのものでは決してなく、むしろ自らを戒め、危険な道に踏み込まないために使うべきツールなのかもしれません。

3. 気質【タイプ】と状態【ステイト】:映画ではみんなの雰囲気が変わる理由

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3-1. 常に変わらない【タイプ】と刻々とうつろう【ステイト】

血液型の4つのタイプや12もしくは13の星座に分ける星占い、エニアグラムの9つのタイプや34の資質に分けるストレングスファインダー、そしてユングのタイプ論。数多くの分類による占いや診断を、わたしたちは自分や周りの人の気質【タイプ】を知る手掛かりとして利用しています。

しかしこれらから伺い知れるタイプとは関係なく、普段はにぎやかさを好む人が妙におとなしかったり、いつもは冷静な人が爆発的に感情をあらわにしたりする様子を見かけた経験は、誰しもが持っていることでしょう。このように、その人のタイプとはかかわりなく刻々とうつろう状態のことを【ステイト】と呼びます。

いわゆるキャラクターとは、極論すればこの【タイプ】と【ステイト】の組み合わせで成り立っているとも言えるかもしれません。もちろん【ステイト】は、その人の内面の状態だけではなく、その時の状況や一緒にいる人の影響を大きく受けて変化していきます。

3-2. 万年変わらない漫画版の弱虫のび太

漫画やテレビアニメで描かれるのび太の日常は、ジャイアンやスネ夫にいじめられ、泣きながら帰ってきてドラえもんに訴え、新しい道具を出してもらっては、調子に乗って失敗するというのが王道パターンです。

その同じような毎日の中で、泣いたり笑ったり、怒ったりと、さまざまな感情の起伏があり、少しだけ勇敢になったり、悪だくみをしたりすることもあるのび太ですが、基本的にはのんびり屋でいくじがない【タイプ】の少年として描かれています。

3-3. のび太が勇敢になる劇場版

そんなのび太が、漫画や映画の大長編シリーズでは一変し、やさしさや勇敢さ、異なるものとのコミュニケーション力がクローズアップされ、のび太は大長編だとかっこよくなると仲間に言われるほどに、大活躍します。

もちろん、勉強もスポーツも苦手な少年ではあることには変わりありません。しかし、その欠点を補って余りあるほどの能力を発揮する姿が、大長編シリーズでは見られるのです。
これはどういうことでしょうか。

3-4.【タイプ】のさまざまな断面が【ステイト】

「(のび太は)人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことのできる人だ。それがいちばん人間にとってだいじなことなんだからね」

これは、大人になったしずかにパパがかけた言葉です。

のび太がとても繊細でやさしい心を持ち、人の気持ちに共感できる【タイプ】の少年だということは、多くの人が感じているところでしょう。そのやさしさが時には彼を意気地のないいじめられっ子にとどまらせ、時には異なるものへの共感や、大切なものを守りたいという勇敢さの発揮に駆り立てます。それらは、のび太のその時々の【ステイト】によってもたらされているように思われます。

カットされたダイヤが【タイプ】であるとするならば、そのカットされたさまざまな断面の輝きが【ステイト】であると言えるでしょう。わたしたちは成長するにつれ、より複雑なカットを施された美しいダイヤに育っていくのかもしません。

3-5. わかりあえないのが前提のあなたとわたし

このように、人の中にある固有の資質=【タイプ】は、環境などの影響を受けたその人の状態=【ステイト】によって見え方が変わります。そしてそのような【タイプ】や【ステイト】は【レベル】や【ライン】、そして【クオドラント】とも重なりながら、世界に唯一のその人の姿をあらわします。

家庭や学校、職場には、性別や年代、育った環境が異なるさまざまな背景を持つ人が集まります。そのひとりひとりをこの5つの切り口から考えてみると、あらゆる人が独自の文化の中で生きているように感じられるでしょう。

どんなに身近な他人であろうとも、異文化の住人である。そのような前提に立つことで、自分と相手とは感じ方も考え方も異なる人間であるということが理解できるようになります。そして逆に、分かり合えないのが当然であるという前提を持つことにより「わかって当然」という甘えや「わかってもらえない」という恨みが消え、スムーズなコミュニケーションが図れるようになるのではないでしょうか。

まとめ

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アインシュタインの有名な言葉に「問題は、それが起こった時と同じ意識レベルでは解けない」というものがあります。『ティール組織』ではそれを裏づけるかのように、より高い【レベル】でものを見ることができるようになった人々が、組織の中で心をオープンにして快適な対人関係を築いていく姿が描かれていました。その姿からは、互いが異なる文化を持つ人間であることを受け入れたうえでコミュニケーションすることにより、より高い意識のレベルで「対人関係」という悩みを解決しているさまが伺えます。

しかし実際には<ティール>の段階にある人は、人口の0.1%にも満たないと考えられており、日本の大多数の組織は、経営者も含めてほとんどが<アンバー>の段階にあると考えられます。

『ティール組織』のような書籍から、わたしたちはつい「より【レベル】があがるほうが良い」というメッセージを受け取りがちですが、ここで注意してほしいのは、決して【レベル】があがることが良いとは限らないということです。

「悟りを得た人が、人格的に優れているとは限らない」という言葉がありますが、悟りという<自己>においての高い【レベル】に到達することと、各【ライン】が発達することや【クオドラント】の全体を把握できるようになることとは、決してイコールではありませんし、その人の【タイプ】は一生を通じて変わらない可能性もあるでしょう。

「2-4. 【レベル】や【ライン】を誤認する危険性」の項でお伝えした通り、その人の現状にあわない成長には危険も伴いますし、【レベル】を一段階あがる時には、いままでの世界観が根底から覆されるため、人によっては大きな混乱や苦痛を感じることがまま起こります。【レベル】の上昇とは、時には人間性が破壊されてしまうほどの危険を伴うとも考えられるのです。

『ティール組織』においては、主に垂直的な【レベル】の上昇が取りあげられているのですが、人間的な成熟とは、いま自分がいる【レベル】や【ライン】の領域の中で成長していくことや、4つの【クオドラント】を偏りなく感じていけるようになること、自らの【タイプ】を理解し、安定した【ステイト】を保てるようになることによっても十分に達成できることです。

決して完ぺきではない自分を認め、そんな自分に誠実に生きること。そして完ぺきではない他人が、このような多面性を持つ存在であることを理解できるようになる。そうやって「みんな違って、みんないい」という言葉が腑に落ちてくると、生きることが少し楽になり、互いの違いを認め合い、心から尊重しあいながらのコミュニケーションができるようになっていくのです。

この記事が、ありのままの自分や他人を受け入れ、楽に生きられるようになるための一助となることを心から願っています。

 

【参考資料】
・『入門 インテグラル理論』 鈴木規夫・久保隆司・甲田烈著 日本能率協会マネジメントセンター 2020年
・『ティール組織』 フレデリック・ラルー 英治出版 2018年

 

監修者プロフィール

甲田烈

1971年、東京都生まれ。
東洋大学井上円了研究センター客員研究員 、エッセンシャル・マネジメント・スクール(EMS)公認講師。

東洋大学大学院で仏教学を専攻中、互いの違いが自覚されていないために自説にこだわるあまり、不毛な対立が起こりがちな状況に疑問を抱き、その解決法を探るうちにインテグラル理論に出会って研究を重ねる。近現代インド思想をはじめ、トランスパーソナル心理学、妖怪研究についても論文多数。生粋の妖怪好きで、近年は文化人類学にも知見を深めつつある。

2004年から2016年まで相模女子大学非常勤講師。また2014から2016年にかけてはインターネットラジオの「妖怪ラヂオ」のパーソナリティとして、哲学をはじめ、スピリチュアルの領域のさまざまなゲストを迎え対話を行なう。

また、東日本大震災をきっかけに立ちあがった「ふんばろう東日本支援プロジェクト」においては、セルフケアを提供する「いのちの健康」部門を、2013年まで担当した。

レクチャー・ワークショップの実績多数。開催先は、日本トランスパーソナル学会、国際井上円了学会をはじめ、ユング心理学研究会、 なごや環境大学、マルチスピーシーズ人類学研究会など。

著書に
『水木しげると妖怪の哲学』イースト新書
『手に取るようにわかる哲学の本』かんき出版

共著に 『入門 インテグラル理論』日本能率協会マネジメントセンター
がある。

本人URL:https://www.facebook.com/retsu.koda
“インテグラル理論で解く“シリーズ

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