部下の心のケアが思うようにできていないと感じている管理職の方は多いのではないでしょうか?
ただでさえ山のような仕事を抱えて時間的な余裕がないのに、部下の心のケアまで手が回らないというのが現状かもしれません。
しかし、働く人の疲労や心理負荷に注意しつつその悪化を防ぐような具体的配慮をしなければ、管理職が安全配慮義務違反を問われる時代です。
ここでは職場におけるメンタルヘルスケアの実態と、管理職に求められるケアの概要を「日常」「休職時」「復職時」という3つの場面に分けて解説します。
部下のメンタルヘルスケアだけでなく、あなた自身のメンタルヘルスケアについても大きなヒントとなるはずです。
目次
1 メンタルヘルスとは?職場のメンタルヘルス問題を知る
1-1 メンタル不全の実態
1-1-1 メンタル不全とメンタル不調
1-1-2 ますます増加するメンタル不全
1-1-3 激増するうつ病予備群
1-2 職場に必要な4つのケア
1-2-1 セルフケア
1-2-2 ラインケア
1-2-3 産業保健スタッフによるケア
1-2-4 カウンセラー等によるケア
1-3 メンタル不全と判断される病気の種類
1-3-1 うつ病
1-3-2 適応障害
1-3-3 不安障害・パニック障害
1-3-4 うつ状態・うつ病
1-3-5 自律神経失調症
1-3-6 その他の病気
2 職場のメンタルヘルス|日常の対応
2-1 メンタル不調者を把握するきっかけ
2-1-1 本人からの申告
2-1-2 上司や同僚が気づく
2-1-3 産業保健スタッフからの指摘
2-2 管理職に求められるケア
2-2-1 見る
2-2-2 話す
2-2-3 聴く
2-2-4 対処する
3 職場のメンタルヘルス|休職時の対応
3-1 業務への支障を判断する3つのポイント
3-2 休職の手続き
3-2-1 本人に自覚がある場合
3-2-2 本人に自覚がない場合
3-3 休職中の注意点
4 職場のメンタルヘルス|職場復帰時の対応
4-1 職場復帰の判断をする3つのポイント
4-2 再発の防止
4-3 職場復帰の形態
4-3-1 復帰前の訓練
4-3-2 復帰後のリハビリ
4-3-3 通常復帰の注意点
まとめ
1 メンタルヘルスとは?職場のメンタルヘルス問題を知る
メンタルヘルスとは、「精神衛生」「精神的健康」を意味する言葉です。
メンタルヘルスに問題を抱えた労働者は年々増え続けています。企業にとっては、労災や安全配慮義務違反による損害賠償のリスクが増大しており、職場のメンタルヘルスは経営上の重要な課題となっているのです。
1-1 メンタル不全の実態
企業、官庁、学校の教職員の間では、メンタル不全が疾病のトップになっています。
厚生労働省の調査では平成23年に精神疾患で医療機関に通院した人の数は320万人にもなり、糖尿病の237万人、がんの152万人をはるかに上回りました。
1-1-1 メンタル不全とは?
メンタル不全とは、精神疾患や行動の障害をともなう心の不健全な状態を指します。
具体的に言うと、「うつ病、不安障害、総合失調症などによる不健康な状態全般」を意味します。
心身症は、血圧の数値や胃カメラによる診断結果などに身体的な病状が現れやすく、本人も自分が病気であると自覚できるので、職場でも受け入れられやすい傾向があります。
しかし、本人も周囲の人間も病気であるという認識をもちにくい精神疾患は、職場での対応にトラブルが生じやすいのが特徴です。
1-1-2 ますます増加するメンタル不全
平成11年からの10年間でうつ病など気分障害の患者数は倍増し、現在は100万人を超えています。
うつ病の原因とされるのは強い不安、悩み、ストレスで、「職場の人間関係」「仕事の質」「仕事の量」が三大ストレスとなっています。
正社員、派遣社員、パート労働者などが多様な雇用形態が混在するようになった昨今の職場では、ストレスの要因が増大しました。
その結果、どの企業や自治体でもメンタル不全による病休者は増え続けているのです。
1-1-3 激増するうつ病予備群
ある生命保険会社では、日本のうつ病予備群は300万~500万人に上ると推定しています。
日常生活の中で感じられる不安、緊張、イライラ、意欲や作業能率の低下、対人関係のトラブルの増加などで適応能力が低下する状態をメンタル不調を呼ぶことがあります。
メンタルヘルスが低下した状態であるメンタル不調者は、いつメンタル不全になってもおかしくないうつ病予備群なのです。
1-2 職場に必要な4つのケア
職場のメンタルヘルス対策には、国の方針に示されている4つのケアがあります。
1-2-1 セルフケア
労働者が自分自身でメンタル不調に気づき、適切は対処をするための知識と方法を身に着けます。自らメンタル不調のサインに気づくためには、
・メンタルヘルスに関する正しい知識を提供する教育研修
・相談窓口体制の整備
などが必要とされます。
1-2-2 ラインケア
職場のメンタルヘルス対策でもっとも重要とされる、管理監督者による部下の心のケアです。
管理職は部下と身近に接しているので、もっとも不調に気づきやすい立場にあるからです。
まだメンタルヘルス対策を施していない企業では、まず取り組むべき対策でしょう。
ここでは管理職のラインケアの概要を解説していきます。
1-2-3 産業保健スタッフによるケア
企業内の産業保健スタッフがそれぞれの立場からケアを行います。
産業保健スタッフとは、産業医(企業内で健康管理を行う医師)、衛星管理者、保健師、人事・労務担当者などです。
産業医や保健師は面談や助言、研修などを行い、衛生管理者や人事・労務担当者はラインケアの支援が主な活動となります。
1-2-4 カウンセラー等の専門家によるケア
地域の産業保健センターや精神科の専門医など、社外の専門機関が事業者の求めに応じて行うケアです。
医療機関などとの連携とともに、労働者にとってもっとも身近な存在である家族との連携も重要です。
休職時のケアやスムーズな復職を行うためには家族の協力が欠かせず、訴訟などのトラブルを減らすことにもつながるのです。
1-3 メンタル不全と判断される病気の種類
医師が発行するメンタルヘルス診断書は管理職にとって重要な書類です。
公的休業や健康保険の障害手当金を請求するために必要であり、休む期間の長さや復帰の際に仕事をどうするかといったことを判断する材料にもなります。
ですから管理職は診断書に書かれる病気をどういうものか把握しておく必要があります。
1-3-1 うつ病
憂うつ、気分が落ち込んでいるなどという抑うつ気分が何日も続き、睡眠障害や食欲低下、自律神経症状などが認められます。
明確な原因の判断は難しく、セロトニンやノルアドレナリンなど脳内神経伝達物質の代謝メカニズム障害、ストレス、心理要因などが考えられます。
以下のような、典型的な5つのタイプがあります。
②適応障害や発達障害が背景にある未熟な性格が原因の「新型うつ病」
③職場のストレスがなくても身体の病気から起きる「身体因性うつ病」
④過重労働などが原因で連鎖して起こる「ドミノ型うつ病」
⑤パソコンが苦手な中高年に多い「IT不適応型うつ病」
1-3-2 適応障害
職場の状況に対応できず、内心では職種や人間関係に不満を抱えているのに言い出せない状態です。具体的には以下のような状態を示します。
②出社拒否や対人トラブルなど社会生活がうまく機能していない
③原因となっている要素がないところでは問題が起きない
④ほかの精神障害などは見られない
うつ病は職場でも家庭でもうつ状態に変化はありませんが、適応障害では家庭で療養している間の症状があまり認められません。
1-3-3 不安障害・パニック障害
不安障害は、強い不安のために日常生活が送れなくなります。
心理的には恐怖や不眠など、身体的にはめまいや動悸、呼吸困難といった症状が現れます。
不安障害の一種であるパニック障害は、逃げ場がない状況で予期せず突発的に激しい恐怖と不安に襲われる病気で、動悸、手足の震えやしびれ、冷や汗が出るといった発作を起こします。
不安障害にはパニック障害以外にも、全般性不安障害、社会不安障害、空間不安障害、強迫性障害、心理外傷後ストレス障害などがあります。
1-3-4 うつ状態
「うつ状態」という診断には、「軽いうつ病」「うつ病」「自律神経失調症」等が広く含まれます。ですから「うつ状態」という診断書が書かれた場合には、産業医や主治医の意見を聴く必要があります。
1-3-5 自律神経失調症
疲労感、倦怠感、食用不振、胃痛、下痢などで内科を受診してもとくに病気であると診断されない場合は、自律神経失調症と診断されます。
自律神経失調症は身体表現性障害とも呼ばれ、仮病と認識されやすため、それが原因でうつ病を発症するケースもあります。
1-3-6 その他の病気
以上5つの代表的な病気以外にも、メンタルヘルス診断書に書かれる精神疾患には、
・アルコール依存症
・総合失調症
・発達障害
・パーソナリティ障害
などがあります。
2 職場のメンタルヘルス|日常の対応
管理職によるラインケアには、以下の3つのポイントがあります。
②メンタル不調者の早期発見、早期対応に心がける
③法的リスクを認識した上で、メンタル不全に陥った部下と適切に接する
2-1 メンタル不調者を把握するきっかけ
メンタル不調者の早期発見には、3つの契機があることを知っておきましょう。
2-1-1 本人からの申告
本人からの自主的な相談や報告を促す手段としては、日頃からのセルフケア教育と相談しやすい環境作りがあります。
上司自身がストレスの要因になっていて相談できないケースもありますから、産業保健スタッフや社外の専門医などに相談できる環境を作っておくことも重要です。
2-1-2 上司や同僚が気づく
メンタル不調者の早期発見でもっとも重要な鍵となるのは、周囲の人間が気づくことです。
上司が日頃から部下の行動様式や仕事のやり方を把握しておくことは大事です。
「いつもと違う」が不調のサインであることが多いからです。
メンタル不調のサインには、以下のようなものがあります。
・仕事の能率が低下する
・ミスが増える
・身だしなみが変化する
・周囲との会話が減ったり増えたりする
2-1-3 産業保健スタッフからの指摘
本人が産業保健スタッフに直接相談した場合や、面接を行って報告されるケースもあります。
ストレスチェックで高ストレスと判定されて医師の面接指導を受け、メンタル不調が発覚することもあります。
2-2 管理職に求められるケア
管理職に求められる日常のケアは、「見る」「話す」「聴く」「対処する」という4つの行動に分類して考えることができます。
2-2-1 見る
②ストレス診断などで、問題を乗り越えられる能力があるか、部下の能力を見極める
2-2-2 話す
④仕事の質や量、やり方で困っていないか声をかける
⑤④で問題がないのに不調が疑われる場合は、プライベートの問題で困っていないか声をかける
2-2-3 聴く
⑦出向や派遣、異動の際に、仕事をどう思うか聴く
⑧昇格・降格の際に本人の受け止め方を聴く
2-2-4 対処する
⑩メンタル不調で勤務が難しいと思ったら産業医につなぐ
⑪自傷・他傷の危険があるなど緊急性が認められる場合には、
・本人をひとりにせず、本人の了解を得て家族に連絡して迎えにきてもらう
・人事部や産業保健スタッフと連携して専門医に受診させる
・家族、人事部、産業保健スタッフ等の協力が受けられない場合は、地域の行政と連絡をとる
3 職場のメンタルヘルス|休職時の対応
メンタル不全の診断が下された場合に、休職を検討するかどうかは病気であるかどうかということではなく、「業務に支障があるか、働いていけるか」という点から判断しなければいけません。
3-1 業務への支障を判断する3つのポイント
業務への支障があるかどうかを判断する3つのポイントは、
②就業規則を守れるか
③職場における役割を果たせるか
ということです。本人に休職を検討する必要があることを説明するときにも、この3点から話をするといいでしょう。
3-2 休職の手続き
専門医からメンタル不全の診断が下され、業務に支障があると判断したときは、休職の手続きを進めなければいけません。
健康状態に問題が認められて業務に支障が生じている場合、管理職には安全配慮義務が生じるのです。
3-2-1 本人に自覚がある場合
本人にメンタル不調に自覚があって合意休職となる場合には、人事部などと連携して休職申請書など必要な書類を作成することになります。
3-2-2 本人に自覚がない場合
本人に自覚がない場合は、もう一度、産業医やカウンセラーへの相談を勧めます。最終的に本人が専門医の受診を拒否した場合は、業務命令として受診させるケースもあります。
合意休職にならない場合には休職命令が出されることになり、そこでは専門医の診断や産業医の意見が重視されます。
3-3 休職中の注意点
メンタル不全の部下に可能な範囲で業務の引き継ぎをさせたら休職状態に入ります。
休職中は、
・家族や産業医らと連携して自傷等の事故を発生させない安全配慮を行う
といった配慮が必要になります。
4 職場のメンタルヘルス|職場復帰時の対応
休職していた社員が復職を希望する場合、会社は主治医の診断書を求め、復職可能の診断があった場合に職場復帰の判断を行うことになります。
職場復帰は厚生労働省の支援プログラムに沿って、本人、家族、医師、人事部、管理担当者などがそれぞれ役割を担います。
4-1 職場復帰の判断をする3つのポイント
主治医の診断書がもっとも重要な判断基準となりますが、職場の状況をわかっている産業医の意見なども必要とされますから、周囲の連携が求められます。
回復の目安は、「快眠」「快生(生活が快適)」「快運(快適に運動できる)」という3つの「快」が判断の目安となります。
休職事由が消滅したと言えるどうかは、「精神疾患が諸症状が改善した」ということではなく、「労働契約に従い労務を提供することができる程度に回復した」かどうかが判断基準となります。
4-2 再発の防止
回復した後にうつ病を再発することや、回復前に病状がぶり返す再燃は、もっとも気をつけなければいけないことです。
うつ病は1年以内に4~5割の人が再発すると言われており、とくに危険なのが職場復帰のときなのです。
4-3 職場復帰の形態
基本は原職復帰です。
ストレスの原因がその職場にあった場合や、一人暮しをしていて自傷・他傷のリスクがあり、家族のサポートが必要とされる場合などは人事異動も検討します。
4-3-1 復帰前の訓練
休職中の部下が日常生活に問題がなくなったら、管理職としてリワークを進めましょう。
地域の障害者職業センターや医療機関が実施するリワークプログラムは、インフラが整って受けやすい状況になりつつあります。
リワーク組織と情報を共有してうつ病の再発を防止し、職場復帰を目指します。
4-3-2 復帰後のリハビリ
とくにリワークで訓練をしなかった場合には、負荷が軽減されている仕事から始めてもらうことが重要です。
作業の内容が明瞭なルーチンワークや単純作業から始めるといいでしょう。
4-3-3 通常復帰の注意点
復帰の日から通常勤務となる場合は、専門医などのセカンドオピニオンを求めましょう。急に負荷がかかって病状が悪化すると、管理職は安全配慮義務違反が問われます。
まとめ
ここで解説した管理職によるラインケアは、あくまでも一般的な対処法です。
実際にはメンタル不調の症状にしろ、回復の経緯にしろ、個人によって様々なケースが考えられます。
前例やマニュアルにとらわれず、周囲と連携して対応していかなければなりません。
管理職の対処として一番大事なことは、ひとりで抱え込まないということ。
責任が重くなる管理職のメンタル不全も増加しているのです。
自分だけは大丈夫などと考えずに、日頃から産業保健スタッフや産業医の協力を仰ぎましょう。
【参考資料】
『職場のメンタルヘルス実践ガイド』(ダイヤモンド社・2011年)
『産業医と弁護士が解決する社員のメンタルヘルス問題』(中央経済社・2016年)
愛知県 労働者福祉ウェブサイト
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