脱サラで成功する9のヒント-好きな道でチャンスをつかむ方法

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「脱サラ」という言葉が生まれ、終身雇用が当たり前であったサラリーマンの生き方に変化が起こったのは、1970年代初頭のことです。
安定したサラリーマンという立場と引き換えに、自由に生きる道を選択する40代が増えたのです。

それから約50年、終身雇用や年功序列といった日本の企業にあった制度が崩壊した現在、自分のスキルを活かす転職も脱サラも珍しいことではなくなりました。
しかし、職種が細分化され、低資本ではじめられるインターネットビジネスなどが一般化した現在でも、脱サラの成功率は高くありません。

ここでは現代における脱サラで成功するためのヒントを9項目に絞り、成功者や失敗者の例をあげながら、チャンスをつかむ方法を解説していきます。


目次

脱サラで成功する9のヒント
1. 期限を決めて覚悟する
2. 実現可能なプランを立てる
3. 社会の現実を把握する
4. 小さい目標を多く達成する
5. 投資を抑える
6. プラス思考を習慣化する
7. 好きなことを追求する
8. 人の役に立つことをする
9. 信用を積み重ねる
まとめ

脱サラで成功する9のヒント

1. 期限を決めて覚悟する

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「覚悟する」というのは、腹をくくるということです。
好きな道で生きる自由な人生を選択するからには、「すべては自己責任」という覚悟が必要。
脱サラをしようと思ったら、まずこの覚悟がなければ実現はできないでしょう。

自分で望んだ脱サラの道なのですから、失敗しても泣き言はいえません。
ですから、期限を決めてリスクヘッジを考えておくことも大事です。

大企業を早期退職して漁師になった田山静雄(仮名)さん

釣り好きは多くても、脱サラで漁師になって成功した例は少ないでしょう。
一部上場企業に就職し、北九州の本社から岐阜の工場に転勤となり、品質管理の課長を務めていた田山さんは、47歳で早期退職者募集に手をあげ、ネットで自分を受け入れてくれる漁業組合を探しました。

受け入れ先はなかなか見つかりませんでしたが、対馬の市議で網元でもあった人物と知り合うことができて、対馬に引っ越します。
退職金から中古の船に約700万円、釣りの装備に200万円をつぎ込んだので、反対していた奥さんとは喧嘩状態だったといいます。

10年が経ち、村に溶け込む努力を続けた田山さんは、600人が所属する漁業組合で役職に就き、よそ者ながら区長も経験、子育てを終えた奥さんも介護福祉士の資格をとって地元に溶け込み、成功しています。

退職金から大金をつぎ込み、一家で引っ越しまでして成功した田山さんの脱サラには、何としてでも漁師として生きていくという覚悟がありましたが、後戻りできない危なさもあります。
とくに家族がいる場合には、ダメだったときの方策(リスクヘッジ)を用意しておくべきでしょう。

退路を断つよりも、3年の間に生計を立てられなかったらひとまず会社員に戻る、もしくは確実に収入を得られる道に進むといった、「期限付きの覚悟」が現実的です。

2. 実現可能なプランを立てる

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脱サラが多いのは、後半の人生を考え出す40代と、高齢期の生き方を考えはじめる50代。
どちらのタイミングで脱サラする場合にもいえることですが、若い頃のように夢を追いかけるだけでは失敗します。

40代以降で抱く夢は、実現可能なものでなければ時間をムダにするだけ。
まさか、小学生が将来の夢を抱くように、「パイロットになりたい」などという願望だけで脱サラする人はいないでしょうが、確固としたビジョンがないまま「できるんじゃないかな」程度の気持ちでスタートさせてしまう人は、少なくありません。

脱サラして起業をするケースでは、綿密な計画やマーケティングを行い、万全な準備をしていても失敗する人のほうが圧倒的に多いのです。
いかに実現可能なプランを立てて目標とするかが、成功のカギといえるでしょう。

周囲からは無謀だと思われる脱サラであっても、本人が実現可能だという根拠に基づいて立てたプランであれば成功する可能性は高くなります。
まったく漁業とは関係のない企業を早期退職して漁師になるという田山さんの目標は、奥さんをはじめとする周囲の人間からは無謀な夢に見えていましたが、決して運がよかっただけでなく、釣り好きだからこそできた、綿密な準備やマーケティングに基づく実現可能なプランだったのです。

3. 社会の現実を把握する

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田舎暮らしに憧れ、脱サラして農業をはじめた人が失敗する理由としてもっとも多いのは、地域社会に馴染めなかったという「人間関係」の問題です。

都会暮らしをしているとわかりませんが、農村や漁村には昔ながらの「村社会」が残っているのが現実。
農家や漁師が、協力し合わないと成り立たない仕事だからです。

「あなたも、人間らしい田舎暮らしをしてみませんか?」などと、行政が転入者の受け入れ優遇策をとっていても、地元の農家や漁師がすべて友好的だということは、まず少ないでしょう。
ある程度の時間をかけて地域社会に溶け込み、信頼関係を築いていく覚悟が必要とされるのです。
自分が向かおうとする地域や業界の現実をしっかり把握することが、脱サラ成功のカギだといえますね。

こだわりの喫茶店を軌道に乗せた関泰三(仮名)さん

大手コーヒーショップチェーンで営業職を務めてきた関さんは、定時勤務がどうしても嫌だったことから46歳で退社し、自営の喫茶店を都心に開店させました。
脱サラやセカンドライフの職種として、「こだわりのコーヒーを提供する小さな喫茶店」は、蕎麦店とともに男性が考える飲食店の代表ですから、実際に開店する店も多く、それだけに成功する確率は低くなります。

関さんは、退職から5年を経て、都心に2店舗を展開するに至り、開業3年目には貯蓄が底をついて危機に陥ったものの、やっと収入がサラリーマン時代と同程度まで回復したといいます。

関さんが、生き残れる確率が低い喫茶店で成功できた最大の要因は、大手コーヒーショップチェーンの営業として都内の喫茶店を周った経験や、店長として銀座の店舗を成功させた経験、フランチャイズのオーナーに喫茶店経営を教える仕事などで、業界の現実を十分に把握できていたことだったといえるでしょう。

4. 小さい目標を多く達成する

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脱サラしてどのような生き方をするか、どのような職業に就くかという「自分が歩む道」は、期限を決めて立てた実現可能な目標に向かって歩むことになります。

人生に最終到達地点があるとしたら、それは「死」ですから、脱サラのプランに必要なのは最終的なゴールではなくて、「なりたい自分」を想定すること。
そして重要なのは、そこに近づくために小さな目標を数多く達成しながら生きることです。

とくに最初の目標は、小さい方がいいといわれます。
それは、小さくても目標をひとつ達成することによって成功体験ができるからで、達成感や充実感を積み重ねて生きることが、金銭的な満足だけではない「生きがい」につながるのです。

脱サラをする目的は、「好きなことをして生きること」「好きな道を歩むこと」だという人がほとんどでしょう。
そこには、自由と引き換えに苦労もあるはず。

小さな目標を達成しながら生きることは、その苦労を充実感や「生きがい」に変えます。
前出の関さんも、その日、お客さんに喜んでもらえるコーヒーを焙煎することが生きがいになって、苦労も乗り越えてきたのです。

5. 投資を抑える

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脱サラをして退職金や借入金で大金をつぎ込み、起業して失敗するケースは、家族も巻き込んで悲惨な状態に陥ってしまいます。

自身も脱サラして漫画家になった弘兼憲史さんは、脱サラして好きな生き方をする場合に、初期投資を抑えることが大事だと語っています。
とくに既婚者の男性が50代で早期退職をして好きな生き方を選択するような場合、退職金の半分は奥さんのものと考えなければいけません。

老後の資金でもある虎の子をつぎ込むのですから、自分ひとりで決められる状況の人は少ないでしょう。
しかし、初期投資を少額に抑えれば、自分の好きなようにできる自由度が広がります。

法人設立や店舗開業ということになれば、ある程度多額の投資をしなければ実現できません。
綿密な準備の基に計画的な投資を行って起業しても、成功する人は少ないのです。
でも、自分ひとりで完結するような仕事であったら、投資を抑えることが可能ですよね。
今は、職人仕事のようにひとりで完結するものでなくても、インターネットを利用してネットワークや店舗をつくることができます。

弘兼さんが、25歳のときに3年間務めた松下電器産業(現、パナソニック)を退社して漫画家を目指したのは、漫画家がひとりで完結できる仕事だったという理由もあるといいます。
30歳までにブレイクできなかったら、イラストレーターとして生きていく覚悟でした。

脱サラで出費を抑える4条件
① 家賃を払わない
② 人を雇わない
③ 集客に予算をかけない
④ 借入をしない

起業するにしても、インターネットがある現在は、まずはこの要素を重視して考えると失敗してもダメージが少なくてすみます。

6. プラス思考を習慣化する

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一般的な脱サラは、安定したサラリーマン生活を捨てて、好きな生き方を選ぶ道ですから、決して平坦ではなく、山あり谷ありの繰り返しだと考えておいた方がいいでしょう。

そもそも人生は山あり谷ありで、楽しいときやうれしいときもあれば、悲しいときや辛いときがあって当たり前なのに、サラリーマンという安定した生活の中にいたために、そうした刺激が少なかったのです。

ですから、脱サラをして会社や組織を離れて好きな生き方をしたら、刺激の振れ幅が大きくなることは予想できますよね。
苦労も多いけど、喜びも大きいということ。

刺激が多い生き方で大事なのが、マイナスの刺激をストレスに感じさせない「プラス思考」です。
ここでいうプラス思考とは、苦労や悲しみといったマイナスの感情をプラスに受け取るということではありません。

マイナスの感情がわいたときには、プラスの感情がわくことをして忘れてしまうということ。
プラス思考の提唱者としても有名な弘兼憲史さんは、マイナスの感情は乗り越えようなどと考えずに、好きなことや楽しいことをして無意識のうちに忘れてしまうしかないといっています。

7. 好きなことを追求する

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脱サラをして好きな道で生きる選択をしたのなら、その好きなことを徹底的に追求した方が仕事としても価値が上がるでしょうし、面白い人生になるはずです。

かつて、「好きなことをして生きる」「趣味を仕事にする」という生き方は現実的ではないと思われていました。
脱サラとしても、無謀な計画だと考えられていたのです。

ところが、インターネットの普及によって状況は一変し、好きなことや趣味で秀でていれば収入を得られる可能性が高くなりました。
脱サラで趣味を仕事にする人も増えています。

鉄道オタクから列車運転士になった武田和之(仮名)さん

列車の運転士になりたいと思っている鉄道マニアは世にゴマンといます。
しかし、40代で世の中の平均年収を得ていた通信会社を退社した武田さんは、収入が半減することを覚悟で、本当に運転士になってしまいました。
しかも、訓練費の700万円は自費で払ったのですから、どれほど列車運転士に憧れていたかがわかりますよね。

武田さんは中学生の頃から国鉄(現、JR)に入りたいと考えていましたが、高校を卒業した当時は分割民営化が進められた時期で、数年間、社員の採用がなかったのです。

私鉄は地域沿線だからつまらないと考えていた武田さんは、国鉄をあきらめて一般企業に就職、約20年間勤めて社会的信用もでき、生活も安定していました。
しかし、「やりがい」という1点が満たされなかったといいます。 

そんなとき、千葉県のいすみ鉄道が、経営不振脱却の一環として運転士の公募をはじめたのです。
武田さんは、こんなチャンスはほかにないと考えて応募し、4人の運転士候補のひとりとして採用され、いすみ鉄道の運転士になりました。
「苦労は買ってでもしろ」といわれますが、「生きがいは買ってでももて」というのが武田さんの教えだといいます。

8. 人の役に立つことをする

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数年前から欧米諸国で、日本の「生きがい」という言葉が注目されはじめました。
「生きる目的」とも、「生きる意味」とも違うこの言葉は、英語に訳せなかったので、「ikigai」と表記され、同タイトルの本がヨーロッパでベストセラーになったのです。

それからネット上で、「ikigai」を表すベン図がよく見られるようになりました。
ベン図とは「光の三原色」を表すときに使用するような、いくつかの円が重なった図のこと。
「ikigai」を表すベン図は、「好きなこと」「得意なこと」「ニーズがあること」「おカネが儲かること」という4つの円が重なる中央部分だと示されています。

しかし、日本人からしてみると「おカネが儲かること」は、「生きがい」の構成要素にはふさわしくありません。
列車運転士になった武田さんは、収入が半減することを覚悟で「生きがい」を求めました。
日本人にとっての「生きがい」とは、収入や生活の安定とは関係のないところにあるものなのです。

ですから、日本人が「生きがい」を表すベン図をつくると、「好きなこと」「得意なこと」「ニーズがあること(人の役に立つこと)」という3つの円が重なる部分になります。
「好きなこと」「得意なこと」をするのは、脱サラの目的として誰もが考えることですが、もうひとつ重要な「人の役に立つこと」は、職種を問わず成功例に共通している要素です。

人の役に立つことでなければ、仕事として継続的に収入を得ることは難しいのです。
逆に考えると、人の役に立つことをすれば、それが収入につながる可能性が高いということですね。

9. 信用を積み重ねる

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脱サラの成功例に共通した要素として、もうひとつあげられるのが地域や業界で「信用を得ている」ということ。
「信用」は、商いの原点といわれますよね。
信用は1日にして成るものではなく、日々の積み重ねでつくりあげるもの。
そこで必要とされるのが、細かい気づかいと、人の役に立とうという気持ちなのです。

自転車メーカーを退社して自転車グッズ店を開業した谷川勝男(仮名)さん

大手の自転車販売会社に就職し、中国で事業の立ち上げにも参加した後、35歳で退社した谷川さんは、東京で自転車グッズの店を独立開業させました。
苦労して販売しても、放置自転車があまりに多いことで、自転車を売りたくなくなってしまったのだといいます。

家賃の安い下町に店舗を構え、グッズだけを扱うことで固定費を抑えた谷川さんの店では、自転車の修理もやっています。
ところが、下町のおばあさんが「これ直して」と壁掛け時計をもってくるようなことが度々あるのです。
自転車以外の修理は受けていませんし、時計の専門知識などないのですが、谷川さんは断らずに時計を分解修理して直し、おばあさんに「ハイ、直りましたよ」と渡すと、とても喜ばれます。

しかし、時計修理の店ではないので代金は受け取れません。
無料だと聞いたおばあさんは、谷川さんを気の毒がって海苔の佃煮をひとビン置いていったといいます。

いかにも下町らしいエピソードですね。
こうした日々の姿勢が地域に定着して信用につながるのです。
谷川さんの収入は、サラリーマン時代の3分の2に減りましたが、会社員時代には絶対にできなかった非効率な仕事をやれることや、地域とのつながりが、生きる喜びだといっています。

まとめ

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脱サラで失敗しないヒントを解説してきました。
最後にもうひとつ、脱サラを成功させる要素として大切なことを紹介しておきましょう。

それは、「健康管理を怠らない」ということです。
サラリーマンの間は会社が社員の健康管理をしてくれますが、脱サラをしたら自分で管理しなければいけません。

年に2回の健康診断を欠かさないとともに、時間が自由に使えることから不規則になりがちな食事の栄養管理を続ける、適度な運動を続けるといった生活習慣を自分でつくるのです。

どんなに仕事がうまくいっても、身体を悪くして働けなくなったら元も子もありません。
脱サラで自由や生きがいを手に入れたいと思う人は、まず心と身体の健康を維持できる環境を考えましょう。

なお、記事中で例にあげた4人の成功例は、月刊誌『ウェッジ』に連載された実話から引用させていただきました。

【参考資料】
・『さらば!サラリーマン 脱サラ40人の成功例』 溝口敦 著  文藝春秋 2019年
・『夢は9割叶わない』 弘兼憲史 著  ダイヤモンド社  2014年
・『失敗しない! フリーで個人で力強く独立できる本』 中野裕哲 著  明日香出版社 2016年

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