企業では、ストレスマネジメントが重視されるようになりましたよね。
「ストレス」という言葉が一般化したのは、日本がバブル期を迎える1980年代からです。
ちょうどその時代から、ビジネス機器をはじめとして世の中のあらゆるものがデジタル化されていき、「デジタルストレス」「ストレス社会」といった言葉も使われるようになりました。
そして、ストレスにどう対処すべきかという研究がいろいろな分野で進められ、「ストレスマネジメント」や「ストレスコーピング(コーピングとは対処の意味)」が注目されるようになったのです。
2015年から、50人以上の従業員がいる事業場にストレスチェックが義務づけられたことや、2019年から働き方改革が始動したこともあって、今、ストレスマネジメントは企業の義務といわれています。
従業員を対象とした「ストレスコーピング研修」を行う企業が増えていますが、こうした風潮は企業に限ったことではありません。
ストレスについての正しい知識と対処法を身につけることを目的として、小学生や中学生に対する「ストレスマネジメント教育」がはじめられており、ストレスやストレスマネジメントに関する本も毎年たくさん出版されています。
こうした状況にある「ストレスマネジメント」とはどのようなものか理解していただくために、ストレスの基本的なしくみや対処法を解説し、ストレスマネジメント関連の代表的な団体や資格を紹介しましょう。
目次
1. ストレスのしくみ
1-1. 外部刺激で起こる防御反応
1-2. 心理的反応、行動的反応、身体的反応
1-3. ストレス反応の3段階
1-4. 4種類のストレッサー
2. 2つのストレスマネジメント対処法
2-1. 3つのメカニズムによる「セルフケア」
2-2. カウンセリングなどの「ソーシャルサポート」
3. ストレスマネジメントで応用される心理療法
3-1. 認知行動療法
3-2. 自律訓練法
3-3. クライアント中心療法
4. ストレスマネジメント関連の団体や資格
4-1. 研修会や講座を開催している団体
① ストレスマネジメントネットワーク
② 日本ストレスマネジメント学会
③ 日本ストレスマネジメント協会
④ 日本ストレスマネジメント研究所
⑤ 日本ストレスチェック協会
4-2. ストレスマネジメント関連の資格
① ストレスマネジメント検定
② メンタルヘルス・マネジメント検定
③ ケアストレス・カウンセラー
④ 産業カウンセラー
⑤ こころ検定
まとめ
1. ストレスのしくみ
「ストレス」は、もともと、ある材料に圧力をかけたときに、その力に対して反発する力を指す工業用語。
そこから転じて、「心に圧力がかかったときに、脳が反発する反応」という意味で使われるようになったのです。
一般的には、「精神的、肉体的に負担となる刺激や状況」を指す言葉として使われています。
まずは、ストレスの基本的なしくみを理解しておきましょう。
1-1. 外部刺激で起こる防御反応
物理学の用語であった「ストレス」を現在のように医学や心理学の分野ではじめて使ったのは、カナダ人の生理学者ハンス・セリエです。
セリエは1946年に、様々な外部環境からの刺激によって特定の生体反応が起こることを見出し、「汎適応性症候群」と名づけました。
その生体反応を「ストレス反応」と呼び、ストレスの原因となる外的刺激を「ストレッサー」と呼んだのです。
人間が外部環境から受ける刺激は、「視覚」「聴覚」「嗅覚」「味覚」「触覚」という五感からインプットされます。
その刺激は、電気信号として脳へと伝達され、記憶情報と照らし合わせて「快か不快か」「好きか嫌いか」といった判断(認知的評価)が行われ、感情が生まれます。
ここで「不快」「嫌い」「辛い」「悲しい」「怖い」といった強いマイナスの感情が発生すると、脳はその脅威から脱しようとして防御態勢の指令を出し、自分を守ろうとするのがストレス反応の正体です。
1-2. 心理的反応、行動的反応、身体的反応
ストレスが過剰になって現れる反応は、「心理面」「行動面」「身体面」に分けることができます。
① 心理的反応
不安、イライラ、恐怖、落ち込み、怒り、孤独感、疎外感、無気力といったマイナスの感情が表れ、集中困難、思考力低下、短期記憶の喪失、判断力の低下などの症状が表れます。
② 行動的反応
心理的反応は行動面にも影響し、怒りの爆発、過激な行動、泣く、引きこもる、拒食や過食、回避行動などが表れます。
③ 身体的反応
ストレス反応は天敵と出会った動物と同じで、闘うか逃げるか、どちらかの行動をとる戦闘態勢をつくるので、自律神経系の交感神経を活発にします。
心拍や呼吸を早くして体内に酸素を多く取り込み、敵の動きを捉えるために瞳孔を開き、傷を負った場合の対処として血管を収縮させ、筋肉は緊張状態になり、消化機能や生殖機能は停止します。
この状態が続くと、頭痛、腹痛、疲労感、筋肉痛、食欲減退、めまい、しびれ、悪寒など全身に身体的症状が表れます。
こうした反応は、ストレッサーの種類に関係なく同じ反応が起こるので「汎適応性症候群」と呼ばれるのですが、ストレス耐性には個人差がありますから、同じストレッサーを受けても、すべての人に同じ反応が表れるものではありません。
1-3. ストレス反応の3段階
セリエは、ストレッサーを持続的に受けたときに起こる反応を、時間の経過によって「警告反応期」「抵抗期」「疲憊(ひはい)期」という3段階に分けています。
ストレッサーを受けた直後の警告反応期は、まずショックで抵抗力が低下し、身体が「戦うか逃げるか」という戦闘態勢を整えると抵抗力が高まっていきます。
抵抗期は、脳が出した指令によって副腎皮質ホルモンなどが分泌され、ストレッサーに対する抵抗力が安定した状態。
ストレッサーに適応するためには十分なエネルギーが必要とされ、この防御機能の維持には限界があります。
エネルギーが不足してくると、疲憊期に移行して身体は緊張状態を維持できなくなり、ストレス反応の症状が顕著に表れます。
個人差はありますが、抵抗期は1週間から10日程度とされ、疲憊期が続けばいろいろな病気を引き起こし、やがては死亡してしまいます。
1-4. 4種類のストレッサー
ストレスの原因となるストレッサーは、4種類に分類されます。
① 物理的ストレッサー
暑さや寒さ、照明の明るさや騒音など。
② 化学的ストレッサー
酸素欠乏、有毒な物質、アルコールや薬品、排気ガスなど。
③ 生物学的ストレッサー
空腹、ビタミン不足、疲労や過労、細菌やウイルス、睡眠不足、妊娠など。
④ 心理社会学的ストレッサー
戦争、経済状況の悪化、転居、入学や卒業、転職や転勤など、様々な人生における出来事や、人間関係のトラブルなど。
2. 2つのストレスマネジメント対処法
ストレスマネジメントには、大きく分けて、自分で行う「セルフケア」と、外部の支援を受ける「ソーシャルサポート」があります。
ソーシャルサポートも、基本的にはクライアント(相談者)のセルフケアを援助するのが目的ですから、セルフケアのメカニズムは誰もが理解しておかなければいけません。
2-1. 3つのメカニズムによる「セルフケア」
ストレスマネジメントには、「自分」を知ることが何よりも重要です。
・どんなことが自分のストレッサーになるのか?
・自分はストレッサーに対してどのような認知的評価(感情の判断)を行うのか?
・自分のストレス反応はどのようなものか?
・どのようなコーピング(ストレスケア)のレパートリーをもっているか?
ストレスコーピングには3つのメカニズムがあるとされます。
① 跳ね返す(欲求不満耐性)
辛い状況を我慢しながらストレスを解消しようと頑張るメカニズムで、これには限界があります。
限界を越えると、ストレス反応が顕著に表れます。
② 逃がす(自我防衛機制)
ものの見方や考え方を変えて、客観的に事態を分析したり、自分の目標を再設定するメカニズムです。
目の前の現実を受け入れて、発想を転換します。
③ 抜く(カタルシス)
自分に「快」「楽しい」「好き」「美味しい」といったプラスの刺激を与えてストレスを発散するメカニズム。
プラスの感情がわいたり、何かに没頭したりすると、脳はストレッサーを忘れてしまいます。
2-2. カウンセリングなどの「ソーシャルサポート」
ストレスマネジメントで重要なもうひとつのコーピングが、利用できるソーシャルサポートがあるかどうかということ。
「ソーシャルサポート」とは外部からの支援を意味し、簡単にいえば、気分がふさいだときや行き詰まったときに、話をできる相手がいるかどうかということです。
友人や知人であったり、あるいは社内の産業保健スタッフであったり、外部のカウンセラーであったりと、いろいろなケースが考えられ、話す内容はストレスにかんするものとは限りません。
むしろ、ストレスとはまったく関係のない趣味の話題や世間話などが、ストレスケアには重要なのです。
3. ストレスマネジメントで応用される心理療法
カウンセラーやセラピストといった「心の専門家」は、ストレスマネジメントのいろいろな理論や技法を学び、クライアントにあてはまるものをチョイスします。
こうした心理療法は、「心と行動の関係を解明する学問」である心理学が基盤となっていて、心理学に様々な領域があるように、多くの技法が研究開発されてきました。
ここでは、ストレスマネジメントで重視される3つの技法を簡単に紹介しましょう。
3-1. 認知行動療法
ストレス症状はストレッサーによって必然的に決まるのではなく、「根拠のない決めつけ」や「感情的評価」、完璧主義による「べき思考」といった「認知の歪み(不適切な受け取り方)」によって生じると考え、認知の歪みを改善しようとするのが認知行動療法です。
簡単にいうと、やわらか頭にして、疲れる原因となっている思い込みやこだわりを忘れさせる療法。
瞑想で「今ここにいる自分」に意識を集中するマインドフルネスは、認知行動療法のひとつとして実践されています。
3-2. 自律訓練法
自律神経をコントロールすることによって、ストレス症状の改善を図るのが自律訓練法。
ストレス反応でたかぶった交感神経を鎮めて、リラックスモードをつくる副交感神経を優位にするのが目的です。
自律神経は、意識して上げたり下げたりできるものではありませんが、心と身体をリラックスさせることによって副交感神経を活性化することができます。
具体的には、深呼吸、軽い有酸素運動やストレッチ、質の高い睡眠、森林浴といった手段が用いられます。
3-3. クライアント中心療法
カウンセラーがクライアントとの信頼関係を重視して、傾聴に重きを置くのがクライアント中心療法です。
信頼のおける仲の良い友人と話すのは、ストレス発散の特効薬といってもいいでしょう。
悩みを打ち明けたり、世間話をしたりして、誰かと話すことによって気分がスッキリしたという経験は誰にでもあるものではないでしょうか。
「とにかく話を全部聴く」いうのが、この療法の基本です。
4. ストレスマネジメント関連の団体や資格
心理学や心理療法、メンタルヘルス関連の団体はとてもたくさんあり、そうした団体がそれぞれ認定している資格は、100種以上にも及びます。
微妙に違う名称の団体や資格も多いので、かかわる場合には、よく調べることが大事。
ここでは、とくに「ストレスマネジメント」と関係の深いものだけをピックアップして紹介します。
4-1. 研修会や講座を開催している団体
① ストレスマネジメントネットワーク
ストレスマネジメント株式会社は、主に企業を対象として、認知行動療法を基本としたストレスカウンセラーの認定と教育、ストレス評価などを行う資材販売や人材育成を目的とする「B to B」企業。
「簡易型認知行動療法実践マニュアル」を用いて、「CBTストレスカウンセラー」を認定する研修を行っています。
② 日本ストレスマネジメント学会
ストレスマネジメントの理論と実践技法を用いて、心身の健康の維持・促進、ならびに疾病の予防と回復をめざす基礎的研究、実践的研究を通し社会に貢献することを目的とした学会。
心理学検定を行っている「日本心理学諸学会連合(日心連)」の加盟団体で、医学や教育などの分野で活動する心の専門家を対象として研修会を行っています。
③ 日本ストレスマネジメント協会
一般社団法人日本ストレスマネジメント協会は、企業を対象として、従業員向け研修、管理者向け研修、経営者向け研修などを実施する団体。
相手の話を聞いて、相手のことを知り、相手のニーズをとらえるという3つのステップで「聞く力」を養う研修を行っています。
④ 日本ストレスマネジメント研究所
日本ストレスマネジメント研究所は、メンタルヘルス領域を中心に、ヘルスケアに関する専門家が集い、その知識やスキルを社会に還元していく活動を行う場として設立された団体。
200名以上を対象とする大規模なものから、10数名規模の勉強会まで、目的と対象に応じて幅広いタイプのセミナー・講演会・勉強会を行っています。
⑤ 日本ストレスチェック協会
一般社団法人日本ストレスチェック協会は、主に企業を対象とし、ストレス対策やメンタルヘルス対策の分野において、人と企業の意識の役割に関する研究・教育・普及啓発活動を行う団体。
入門講座にはじまり、「ストレスマネジメントファシリテーター(SMFT)養成講座」、「子どものストレス対策講座」などを開催しています。
4-2. ストレスマネジメント関連の資格
① ストレスマネジメント検定
ストレスマネジメント検定は、一般社団法人子ども・青少年育成支援協会が実施している検定で、主に組織で働く人を対象とし、脳科学や認知科学、心理学の最新の知見から、個人特性の理解をベースにストレスへの対応を学ぶものです。
② メンタルヘルス・マネジメント検定
大阪商工会議所と施行商工会議所が実施するメンタルヘルス・マネジメント検定は、厚生労働省が定めた「メンタルヘルスの指針」に沿って、メンタルヘルスに関する基礎的知識や対処方法について学ぶもの。
一般社員を対象とした「Ⅲ種(セルフケアコース)」、管理職を対象とした「Ⅱ種(ラインケアコース)」、人事労務管理スタッフや経営幹部を対象とした「Ⅰ種(マスターコース)」の3コースに分かれています。
③ ケアストレス・カウンセラー
ケアストレス・カウンセラーは、内閣府認定の一般財団法人職業技能振興会が認定する資格で、ストレスケアカウンセラーの入門資格とされ、専門性を高めた資格には、「青少年ケアストレスカウンセラー」「高齢者ケアストレスカウンセラー」「企業中間管理職ケアストレスカウンセラー」があります。
全国に200カ所ほど設定された会場で、PCを使用するWEB試験が行われ、通信講座や独学でも受験できます。
④ 産業カウンセラー
一般社団法人日本産業カウンセラー協会が認定する産業カウンセラーは、クライアント中心療法の傾聴を基本として、働く人たちが抱える問題を、自らの力で解決できるように援助することを目的とした資格。
1992年から2001年までは労働省(当時)が認定する公的資格でしたが、現在は民間資格となっています。
⑤ こころ検定
メンタルケア学術学会が実施する「こころ検定」は、文部科学省が後援する検定試験で、心の段階を4つの等級とテーマに沿って理解することを目指します。
「こころと向き合う」4級、「こころを成長させる」3級、「こころに触れる」2級、「こころを援助する」1級と、難易度が高くなり、1級の受験には、2級取得か「メンタルケア心理士」の資格取得が条件となっています。
まとめ
ストレスの原因となるストレッサーは、自分の意思とは関係なく降り注ぐもので、ストレスのない社会はありえません。
ですから、ストレスマネジメントが目指すのは、ストレスと上手く付き合って生きること。
ストレスは心や身体に悪影響を与えるものばかりではありません。
適度なストレスがあることによって、達成感や充実感が生まれ、それが「やりがい」や「生きがい」に結び付くこともあるのです。
だからこそ、ストレスとの付き合い方を学ぶことは大事なのですね。
【参考資料】
・『心を強くするストレスマネジメント』 榎本博明 著 日本経済新聞出版社 2017年
・『メンタルヘルスの道案内』 徳田完二、竹内健児、吉沅洪 著 北大路書房 2018年
・文部科学省サイト